ブログトップ

大阪情報サロン

osakasalon.exblog.jp

カテゴリ:大阪の景観( 19 )

続・天満橋から

前回に続き、天満橋から・・・
◆京阪天満橋の東側には巨大なOMMビルとともに、京阪の第二寝屋川鉄橋や京橋方面が見えています。東方面の景観はこの20年来あまり変化がありません。京橋副都心の目玉OBPが開発され現在の姿になって、もうそれくらいになるのですね。京阪京橋駅は京阪百貨店やホテル京阪も併設されて立派な高架駅になっていますが、JRの京橋駅がいけません。大阪大空襲で爆弾を被災した当時のままです。
e0161853_1723529.jpg

◆「京橋駅改良」が運輸政策審議会答申に上がっていましたから、いずれ実現に向かうものと希望は持っているのですが、JRも大阪市も優先順位をどう考えているのでしょうか。いつ改善されるあてもなく放置状態です。どっちもへんですよ。
鉄道会社といえば、お客様商売ですから、そんな状態でほっておけるはずもないのに。京阪はさすがに早くから整備しましたが、お役所体質の抜けないJRはお構いなしです。
◆もう一枚の写真は大川右岸、北側になります。天満橋は立体構造の上下二層になっています。谷町筋全通時に架けられたものです。
e0161853_17254432.jpg

天満橋の天満とは?大川の北側のことなんですね。ですからJR天満駅の名前と所在が正しいことになります。国道1号・曽根崎通りと谷町筋の交差点は東天満ですが、昔は空心町といっていました。
谷町筋をさらに北に行くと、東側にOAPがあって、JR環状線の高架をくぐると阪神高速守口線の「長柄出入口」があります。東側に「シティータワー天満」が工事中です。
そういえば西暦645年の大化改新にともなう難波宮は難波長柄豊崎宮といいますが、長柄豊崎の意味は長い柄のように突き出した豊かな岬の意になるようです。ですから、必ずしも現在の長柄や豊崎の地名の場所といえないようで、上町台地の先の方であったようです。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-08-11 17:26 | 大阪の景観

天満橋から

◆本日の写真は京阪天満橋駅、シティモール屋上から。大川に面して駅ビルが建っていて、気持のよい風景が広がっている。水辺は去年あたりに八軒家浜として整備され、それが西側に延長工事が進んで、天神橋から中之島につながる感じになりそう。
撮影は8月2日だったかな。剣先の噴水が噴射してたのを目撃しました。公園整備は天神橋から西側は全般まだ工事中でした。しかし、いつの間にか大阪は見事なまでの大都会の景観になってしまいましたね。全方位、どっちを見ても。地下鉄に乗っていて風景が見えないのが残念なくらいです。
e0161853_12255388.jpg

先日、8月6日の夜に「大阪映像プロジェクト」の第一弾として、「天王寺」を中心とした映像をアップしました。
新時代の大阪★進行する再都市化 1:天王寺
容量その他で結局YouTubeになったのですが、YouTubeをしばらく見ていると鉄道関連の動画が多いのに驚きます。隠れ鉄道ファンがこんなにいたのかと。
私もかつて鉄道にはまった一人でした。この20年あまり鉄道から遠ざかって、鉄道ファンから大阪ファンへ乗り換えたのですが、鉄道の動画を見ているとかつての血が騒ぎました。
「鉄道趣味とはよきかな」・・・何より同じ趣味人として、解かり合える連帯感があります。
私が本格的に鉄道趣味の世界に足を踏み入れたのは、蒸気機関車の撮影で昭和40年あたりからでした。呉線に急行「安芸」や伯備線にD51の三重連を追ったあたりから加熱し、C62重連急行「ニセコ」を追って何度も冬の北海道に単独行するほどでした。
もちろん記録が目的ですから、少しのスチール写真やムービーが今もある程度は残っています。VHSビデオはもう少し後になるので、音声のない8mm映画でした。長年放置した映写機はもう動かなくなっていたのは残念です。映写さえできれば、今のビデオカメラで複写できるのですが。
手間のかかる大阪の映像を作って、意義があるのだろうか。そんなことを考えさせられるこの頃です。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-08-10 12:35 | 大阪の景観

【近鉄奈良線】生駒山中腹「石切」から見る大阪市街

皆様、「大阪情報サロン」久し振りの更新です。
メインのPCは電源が入らずクラッシュ。ちゃんと表示しないサブPCからテスト更新してみます。

大阪と奈良を結ぶ主要道路のひとつ阪奈道路を奈良から大阪に向かうと、生駒の峠を過ぎると道路は急な下りとカーブの連続になる。奈良側が緩やかな丘陵地帯であるのに対して、大阪側は山から一気に平野になって、山を駆け下る感じになる。
その阪奈道路から見る大阪都心は昔から魅力的な光景であった。大阪の超高層ビル建設の歴史を示すように、時代時代によって大阪市街の見え方も変化してきた。阪奈道路は国道ではないが、長く大阪・奈良間の最も重要な道路であった。昭和30年代初頭の開通当時、高速道路などという概念はなくて有料道路であったのだが、現在走ってみても名阪国道によく似た準高速道路のような印象の道路である。中央分離帯四車線の立派な道路で信号はほとんどなくて、他の道路との接続はインターチェンジからに限定されている。

しかし、この立派な道路も第二阪奈有料道路の開通によって阪奈間最重要の使命の座は明渡した。時代の成せる技で、第二阪奈は長いトンネルで生駒の山を直線で貫通している。しかも阪高東大阪線とダイレクトにつながる。大阪奈良の府県境を分ける、生駒信貴の山並みは山頂の標高が642mの峰である。昭和30年代はトンネルという選択肢はなかったとみえて、つづら折れのカーブで山を越えなくてはならなかった。大阪側の急な斜面に四車線の道路をつくるのは無理であったのか、大阪寄りの上下線は別ルートになっている。
大阪と奈良県を結ぶ道路は意外に多い。主要なのを北から順に上げると、国道163号、阪奈道路、第二阪奈、国道25号、国道165号、国道166号、南阪奈、国道309号といった感じになる。鉄道の場合は難波・上本町・天王寺から近鉄の奈良線・大阪線・南大阪線、JR大和路線などがあり、近鉄は奈良県内では京都線・橿原線が南北に走っている。奈良県では近鉄がJRを圧倒した存在である。とくに近鉄奈良線が通勤路線として重要である。

大阪奈良の境には生駒山地が立ちはだかっているにも関わらず、大阪と奈良の関係は密接である。距離にして神戸とほぼ同じ位の30kmであるが、実際には20km弱で生駒に達し、東生駒を過ぎると、すぐに奈良市域の富雄、学園前、あやめ池といった西奈良の住宅地に入る。奈良市民でありながら大阪を向いた住民は奈良府民とも言われる。奈良の旧市街は奈良公園のある東の奥になるが、丘陵の住宅地は大阪寄りに展開するので、距離にして20~25kmといったところである。この状況は阪神間の西宮や芦屋に似ている。西宮や芦屋もまた大阪を向いた住宅地であることに変わりはない。
大阪の業務機能に対して、ベッドタウンの性格は大阪への依存を意味する。奈良の市街を東西に貫通する道路は阪奈道路があり、その延長である大宮通りであるのだが、この道路沿いに奈良県庁や市役所など奈良の中枢がある。不思議なことに奈良の街は京都府との県境までわずかに3kmほどしかない。そこにはクラスター様に京阪奈学研都市が建設されている。近鉄京都線の高の原駅はぎりぎり奈良市なのだが、ほとんど県境といった感じである。平城相楽ニュータウンの中心として早くから開けたのだが、京都府域の精華町にはけいはんなの中核施設が集まりつつある。国費の無駄遣いで話題になった、私の仕事館や国立国会図書館関西館が開館している。京都府との県境が近いことは奈良に微妙な影を落としている。この地区の近鉄の新たな路線は大阪地下鉄中央線との相互乗入れで、けいはんな線が「学研奈良登美が丘」まで伸びているが、学研都市の発展が停滞しているので、先への延伸計画は不確定である。

さて、奈良県内で最も都会的な雰囲気を持つ通勤路線というと、圧倒的に近鉄奈良線になるのだが、この線の難波行きに乗ってみると、生駒駅を出るとすぐさまトンネルに突入する。まさに大和と河内を分ける国境のトンネルである。現在はけいはんな線の開通によって二本のトンネルが並行している。生駒駅は奈良線とけいはんな線の併設駅で、一旦生駒で合流しているわけである。

長い国境のトンネルを抜けると、生駒山の中腹とも思える大阪平野の全貌が見渡せる場所に飛び出すことになるのだが、すぐに石切駅がある。ここから山の中腹を3kmばかり、南に向きを変えて徐々に下ってゆくことになる。石切から額田駅、枚岡駅があって、山を下りきると再び大阪都心方向の真西に向きを変えて、瓢箪山となる。この区間の電車から見る大阪はまことに印象的である。乗りなれた人達さえ、車窓に展開する大阪の遠景に釘付けされてしまうほどである。
e0161853_11192314.jpg

おそらく奈良県在住の人達は東京メディア発信の大阪のイメージなど、微塵も信用していないであろう。自分の瞼に焼き付けるように、誰もが素晴らしい大阪の景色を食い入るように見つめる姿がそこに見られるのである。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-07-14 10:54 | 大阪の景観

大阪上空

◆ビルや展望台から大阪の街の最高の眺めは、おそらく梅田スカイビルの「空中庭園展望台」だと思います。
ここからの感動的な展望はやっぱり体験しないことには分かりません。
梅田の中心から少し外れたロケーションがより良好な眺めになっていると思います。
ここから見る「西梅田」のビル街は本当に感動的ですし、現在工事中の大阪駅も梅田阪急ビル周辺もここからだと手に取るように見えます。
e0161853_18185293.jpg

e0161853_18193394.jpg

e0161853_1820929.jpg

◆ところで大阪の街をヘリコプターから見るとどんな感じに見えるのか。
去年のお盆休み、毎日テレビで生中継していた映像がユーチューブにありますので、それをご覧いただくと大阪の街がよく分かります。題して「大阪上空」です。上の私の撮影した静止画も去年の8月撮影で動画と同じ頃です。今ではかなり変っているかもしれませんね。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-04-27 18:29 | 大阪の景観

サンタマリアから見る『大阪の巨大橋』

◆サンタマリアクルーズ体験ですが、ちょっとした非日常体験になるでしょうか。ユニバーサルスタジオも当然に非日常だから体験に行く価値があるのでしょうね。
このクルージングから見える風景は、南港コスモの「WTC」とか球体の「海の時空館」もですが、巨大橋も見逃せません。「天保山大橋」と「港大橋」の下をくぐるので真じかに見ることができます。私は橋梁マニアというか橋好きなのです。
優美さでは「天保山大橋」、迫力では「港大橋」でしょうか。実際にクルマで走ってみる方がより迫力を体感できるようです。とくに港大橋の迫力は体験しないと解らないと思います。港大橋は日本最大にして最長のトラス橋で、二段構造になっていて鋼材の迫力は半端ではありません。世界第三位だそうで、長さ980m支間長510mです。

▼写真2枚、「天保山大橋」です。
e0161853_16253514.jpg

e0161853_1626127.jpg

▼写真2枚、「港大橋」です。
e0161853_16262473.jpg

e0161853_16264851.jpg

◆私の目視観察によると、港大橋の鋼材の量は余裕で東京タワー5個位はできそうに思えたのですが、調べてみるとやはり私の勘は当っていました。いや、遠慮して控え目だったのです。東京タワーの鋼材は4,200トンに対して港大橋は35,000トンでした。実際には東京タワーの8倍以上でした。これは私にとって、世界第三位と言われると、「ガッカリ」となるのですが、私は断トツ世界一の規模と想像していたのです。「長さだけで比較されてもねぇ」というのが正直な気持ちです。知らずに渡って感動があまりに大きかったのです。これは明石海峡大橋でも瀬戸大橋でもなかった感動でした。私が大阪信者だからでしょうか。
ちなみに世界一はカナダのセントローレンス川の架かるケベック橋で全長が987mで、支間長は549mです。全長も港大橋に近似の数字です。港大橋は1974年の完成ですから、もう35年前に完成していたのです。
◆じつは、私はこの橋を実際に走ったのはかなり最近で10年ほど前でした。それ以前は阪高湾岸線はあまり走らなかったからかもしれません。あまり予備知識のないまま走って度肝を抜かれました。というか感動したのです。この感動は自分で車を運転して初めて得られるもので、バスで走ってもあまり感動はありませんでした。
仕事で走ったのですが、会社の重役と同行して得意先に行く所用でした。運転は私がしていました。
重役は兵庫県出身の神戸市在住の方でした。ルートは重役の指示通りに走りました。阪高大阪港線に入り、「そのまま湾岸線に入って、岸和田方面に行ったらええからな」の指示でした。
朝潮橋を過ぎて、右に左にカーブを切り、天保山JCTの経路を泉佐野方面に辿りました。するとやや展望が開けて右カーブのゆるい上り勾配にかかる間もなく、赤い鉄骨の巨大な橋に差し掛かったのです。港大橋です。正直、大阪に住みながらこの橋の知識はなかったのです。
実際には日本最大、世界でも最大級の橋で、阪神高速道路4車線が上下二段になった二層構造の巨大橋です。空中をゆくような高さ、4車線の都市高速2層が通る鋼鉄の骨組み、それは人類の偉大さを実感するような凄い橋でした。
私は、そのただならぬ迫力に感動し・・・「凄い橋ですね~」と、口からでました。
重役は「そやな、テレビでレインボーブリッジとか言うとるけど、こっちが上やな~」・・・そのひと言でした。

▼写真、世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」
e0161853_1627982.jpg

◆今回、港大橋を調べていて、突然「今なら斜張橋で飛ばすけど、当時はこの技術がなかったからトラス橋になった」うんぬんの言葉に出くわしました。私は??が点灯し、本当だろうかと思いました。斜張橋も吊り橋の一種らしいけど、斜張橋と違って吊り橋は両側に全重量を支える巨大なアンカレイジが必要で大規模になります。斜張橋の方が優美だし工事費も安くあがりそうで、できれば吊り橋より斜張橋にするのが良さそうです。しかしトラス橋とは全然違うわな。「今なら斜張橋で飛ばす」は疑問のままです。どなたかご教示くださるとありがたいです。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-04-23 16:27 | 大阪の景観

船場博労町からの眺望

◆船場博労町の御堂筋東側というか、心斎橋と本町の間にエプソンビルがあります。
ここからの眺めが素晴らしいと聞いていたのですが、実際素晴らしいです。21階建ての高層ビル。
フロアはセイコーエプソン系企業の大阪拠点が多くを占めていると思いますが、19階は在大阪連合王国総領事館があったり、最上階の21階は湯葉と豆腐の店「梅の花」さんですが、西梅田や天満OAPなどの大阪各地にも店舗があります。私が調べたところ、梅の花のこのビルの店舗はワンフロアを使った個室中心で200席以上の全国最大の店舗でした。
入口外の待合ロビーの広さとソファー数はシティーホテル顔負けの規模、ここまで贅沢なお店はないです。そらお値段が少し張るはずです。でもここに入って写真撮影するだけでも全然OKです。本町店にしてあるのは心斎橋OPAに心斎橋店があるからでしょう。OPA(オーパ)に店がなかったら心斎橋店の名称はここになるはずです。
九州が本社のこの会社に偏向思想はないと見ました。関東の会社にはけっこうあるのですよ。大阪の支社を関西支社の名前にしていたりします。

◆ところで、このビルは一般的に「エプソン大阪ビル」と呼ばれているようですが、どうも正式には「セイコー大阪ビル」のようですね。地図にそう書いてあるのと、清水建設のサイトの施工実績では、「設計・施工:清水建設」とあり「セイコー大阪ビル」と紹介されていました。

それと19階の在大阪総領事館ですが、「連合王国」の領事館となっていました。「連合王国」ってどこの国か判りますか~ってことですね。正解は「英国」ですね。イギリスは通称になりますから公式の名称には使えないのだと思います。正式な国名を知ったうえでイギリスと呼んでほしいのです。正確な英国の国名は「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」だったと思います。だから連合王国なんですね。何だかじゅげむのような国名ですが、これ豆知識。・・・
e0161853_1816164.jpg
▲写真3枚入れます。1枚目北北西、中之島・梅田方面です。ずいぶんビルが増えたようです。右寄りには梅田阪急ビルの偉容が見えています。中央大通り手前の左には巨大な「伊藤忠ビル」というか、このビルはツインになってるのですよね。H型の平面で北側は「大阪センタービル」かな。阪神高速道路㈱本社とかユニチカ本社などが入居していたと思います。
e0161853_1817130.jpg
▲2枚目は、北北東で、三越跡地の「ザ・キタハマ」が圧倒的な存在感です。手前にサンマリオンタワーや丸紅が見えています。大阪国際・りそな本部・シテイータワー大阪は重なっています。
e0161853_18172422.jpg
▲3枚目は、南側の展望です。御堂筋の西側に「H日航大阪」や「心斎橋OPA」があり、左遠方には南海難波の「スイスH」、右寄りにはOCATJR難波周辺のビル群、「マルイト難波ビル」も外観が完成しています。ほぼ北立面状に見えています。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-04-13 18:43 | 大阪の景観

美しき銀河を目指して!

『札幌-大阪:夜間飛行の思い出』

伊丹空港へ着陸する飛行機から大阪の街を見るのは何度経験しても感動する。見ているだけで大阪の街は凄いけれども、その光景を乗客も乗組員も皆が見ているとなおのことである。
何度も体験したが、伊丹空港への着陸にはいつもドキドキさせられるのがつねである。
関西国際空港が開港して間もないころであったが、一度北海道旅行からの帰りに、札幌・新千歳空港から伊丹空港へ飛んだことがあった。

北の大地を発つころにはすでに夕闇が迫っていた。晩夏のころであったと記憶する。その日は低気圧の接近もあって風が強くて不安な感じもあった。機体はANAのB-747ジャンボ機であった。なんとか予定通り飛び立ってくれた。以後の便は欠航になった。
e0161853_18295992.jpg

飛行機は暗雲が垂れ込める中を順調に上昇を続けて、シートベルトが解除されるころには雲を突き抜けて雲海の上に出た。ちょうど太陽が水平線に沈むようで、少しの間、横から陽が差して機内を赤く染めていたが、すぐに太陽は没したようだ。
この天候では下界は見えないだろうと思っていたが、しばらく飛行すると嵐が過ぎ去ったのか雲も切れて、漆黒の闇の中の夜間飛行になった。ほとんど灯りは見えないが北海道を離れて海上を飛んでいるらしかった。機内の中ほどには飛行コースが表示されていた。それによると日本海を陸地に沿って南下するコースになっている。秋田沖から佐渡島、能登半島あたりから大阪を目指すらしい。

闇の中にときどき灯りが見えても、高度が高くてそれが何か分かるはずもなく、やや退屈な感じであった。飛行時間はおよそ2時間である。そろそろ能登半島あたりと思えるころ、私は客室乗務員のすぐ後ろに空席があったので、左側の窓側に座って窓から外を見ることにした。やはり、ほとんど何も見えなかったが、見えるまで頑張り通すことにしたのだ。
ある希望を持っていたのである。それはどこから大阪が見えるのか?そんなたくらみであった。どこから富士山が見えるかに似ている。「伊勢からは富士が見えるという」あるいは「大台ケ原からも富士山の見える場所があるらしい」というのに似ている。

窓に頭をつけて見続けること10数分くらいだろうか、左前方にぼんやりと星雲のような灯りが確認できた。時間の経過から能登半島から福井あたりを飛行しているはずであった。その星雲は大きさからは中規模の都市のように見えていたが、目を離さず見続けると次第に大きくなってくるのが分かった。周囲を見ても星雲はほかに見当たらなかった。
飛行コースからは大阪の手前には京都もあるはずだが、その巨大星雲以外には灯りすらもなかった。徐々に大きくなってくるのをしばらく見続けて、これはまぎれもなく大阪だと確信した。
大阪の市街地は他の都市とは比較にならないくらい大きい。10分20分見続けると途方もない大きさに変化してきたのである。

銀河系星雲を遠くから見ていたのが、次第に近くなってくるようであった。しばらくすると、銀河系に突入するように窓外いっぱいに街の灯りは広がった。「凄い、やはり大阪だ~!」・・・園部か能勢か北摂の山を越えたようだ。徐々に高度を下げていて山の稜線や地形も見える。
e0161853_23124192.jpg

「川西あたりだろうか」・・・進路はそのまま大阪湾に向って行った。左に大阪平野全体が広がった。とうとう銀河系の中に入った。凄い光の海である。宝塚・西宮から大阪湾に入り淡路島の東寄りを南下した。「ん、ん~?」・・・「どこに行くんだ??」・・・
洲本付近まできて、関空を通り過ぎて紀淡海峡手前で左に大きく旋回したのである。Uターンである。今度は機首を北北東に向けて大阪湾岸に沿って北上を始めた。しかも内陸の通常のコースじゃない。湾岸沿いである。低気圧の余波か風が強いから、これはもしかするよ。

通常のコースは八尾から北西に伊丹の滑走路に一直線に進むが、風向きによって、たまに逆向きに着陸する場合もあるのだ。それは一年に数回あるかないか、遭遇することは少ない。海岸に沿って北上し泉大津・堺から、すぐさま南港を右側に海側から見て進む・・・。
飛行コースはグルグル回る。風でかなり上下にゆれる。「凄いの何の・・・」、目が回るような感じだ。「この感じ、分かるだろうか・・・」、機体が右に左に旋回を繰り返す度に、大きく傾斜した飛行機の窓からは、地上が窓と平行になったり、窓が上空を向いたり、加えてエアポケットの上下動とくる。おとなしく座ってればどうということもないのだが、機内から反対側の窓の外を見ていると目が回るのである。
e0161853_23151419.jpg

夜間の場合は正確な目標は見付けにくいが、大きな地形とビルの灯りで判る。淀川にいくつもの橋の照明があるのが見えた。尼崎から西宮へ飛行を続け、再び大きく右旋回となった。もう間違いない。逆コースの着陸である。またもや右側の窓に地上を見ながら、宝塚から伊丹の滑走路に一気に高度を落として着陸する。通常の着陸でも伊丹空港へは興奮するが、こんな絶叫マシーンのような着陸は初めてであった。こうして一生忘れ得ない飛行のドラマは終わった。
じつに美しくもドラマティックな夜間飛行であった。そして、銀河の如き大阪は美しかった。

◆夜景写真は梅田スカイビルからの大阪の夜景で、飛行機からの写真ではありません。イメージです。
[PR]
by osaka-salon2 | 2009-02-08 23:23 | 大阪の景観

梅田:大阪駅前第三ビル展望台から

▼梅田の展望スペースの一つです。33階に上がってみると、飲食レストラン街になっていて、東西に展望スペースがあります。
東側は京橋方面でこんな感じ、左に天満OAP、右にOBPが見えています。出来て何十年もたつと新鮮味はないようです。
e0161853_12233519.jpg

▼東南側は中之島・北浜方面です。こちらは鮮度良好、「北浜タワー」が存在感を高めています。遠く上本町方面にも林立する超高層が確認できます。
e0161853_12332632.jpg

▼西側のお馴染み定番ビル群です。カメラの習性で歪むので撮りにくい。梅田DTタワー入れてなかった。
e0161853_12383159.jpg

▼あとは西南側の堂島・中之島です。「堂島アバンザ」と「アクア堂島」、いいビルだけど、高さが今一歩なのが惜しい。毎日新聞の跡地はもうすぐ建ち上がるでしょう。
e0161853_12431335.jpg

▼本日のおまけは、梅田阪急ビル建替え。かなり上がりました。昨日の産経新聞の夕刊一面をこのビルが飾っておりました。
e0161853_12475195.jpg

◆平日の昼間でしたが、地下鉄西梅田駅からこのあたりぶらついてきました。B1階とB2階あたり、昼どきはサラリーマンで飲食店は賑わっていましたが、ビルのOL以外女性は少なめなのが気になります。オトコ専門の地下街はいただけません。上の階はオフィスなので問題はないのですが、公共通路的な地下のテナント部分。
女性が寄り付かない理由はただ一つ、あまり綺麗じゃないこと。「ディアモール大阪」の地下街のとびきりの綺麗さとはあまりの格差です。
▼「ディアモール大阪」には、こんなクリスマスツリーもありました。
e0161853_1392921.jpg

e0161853_1311611.jpg

◆何かと批判が多い大阪駅前再開発ビル群ですが、地下のシャッターを閉めた店舗とか、ビルのグレードとか何も言いません。お役所仕事であってもセンスを磨いてほしいのは、ネーミングのセンス。
この名前はいただけません。地方の駅前再開発ならいいかもしれませんが、『大大阪』ですよ。『天下の大阪』ですよ。しかも『天下の梅田』です。それが「駅前」って、うらぶれた語感、印象になりませんか。大阪の価値を落とす名称ということです。
東京マスコミはこうした印象操作はよく心得ていますので、大阪にはカッコいい名前は避けています。だから「キタ」とか言って直さないのです。これに影響を受けて大阪自身も流されて「キタ」などと言ってはいけないのです。つまりマスコミの言い方をそのまま言わないのが正解です。
ここの住所表示は「梅田」ですが、私なら『曽根崎第一ビル』『曽根崎第二ビル』とします。周りの住所は「曽根崎」となっていますので・・・。
◆そうそう、JR東西線の「北新地駅」もいけません。私は『曽根崎駅』を推していたのですが、得体の知れない力(大阪を立派にさせたくない勢力)に、へんな駅名にされてしまったのでした。
[PR]
by osaka-salon2 | 2008-12-25 13:11 | 大阪の景観

淀川河川公園から梅田を観察

e0161853_2341287.jpg

▼少し霞んでいますが、よく晴れました。
久し振りの淀川河川公園・淀川右岸堤防十三からの眺めです。あまり高くはないですが、見通しのよい展望台の感じです。場所は阪急電鉄淀川鉄橋の上流側。
e0161853_23441270.jpg

▼撮影スポットとしては珍しさはないですが、梅田阪急ビルの鉄骨が伸びて、遠くからも巨大さがわかるのが新鮮です。うまくいけば阪急の電車も入れて撮影できるのでは?そんな予感もあったけれど、これはいまいち
上流寄りにパンすると、「レジデンス梅田ローレルタワー」がかなり上がってきているのが見えます。
e0161853_2345205.jpg

▼阪急京都線の特急河原町行9300系が轟音を響かせてやってきました
e0161853_011675.jpg

[PR]
by osaka-salon2 | 2008-12-17 00:03 | 大阪の景観

千里中央公園展望台

▼千里中央から東約1kmに千里中央公園があります。ここに展望台があるのを思い出して行ってみました。うまくいけば大阪都心まで見えるのでは?そんな期待もあったのですが、見えませんでした。
説明を見れば、昭和天皇が千里NTを視察のために昇られたことのある展望台とありました。まわりのマンションや丘陵で梅田方面はよく見えませんでしたが、無料の駐車場は賑わっていました。とくに子供連れの若いご夫婦が多い。
e0161853_10364345.jpg

▼梅田方面はこんな感じです(泣)
e0161853_1037275.jpg

▼千里中央方面、千里朝日阪急ビルとザ・千里タワーが抜き出ています。
e0161853_1040133.jpg

▼北方面、北摂の山並みと国立循環器病センターが見えています。独立行政法人化で名前が変っていると思いますが確認していません。
e0161853_10442178.jpg

▼東方面、万博公園の広大な緑地の北側に阪大医学部と付属病院、人間科学部、歯学部、薬学部、工学部などが集結しています。阪大は千里と豊中・待兼山の二ヶ所に大部分があります。
e0161853_10475876.jpg

▼展望台の賑わいの原因は展望ではなくて、・・・。これ!大人もスベリたくなる長~いスベリ台でした。
e0161853_110185.jpg

◆続きはまたにします。
[PR]
by osaka-salon2 | 2008-12-05 11:04 | 大阪の景観