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大阪情報サロン

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『都市と高層ビルの話をしよう:2』 

『超高層ビル設計の一考察』
◆日々鉄骨が伸びる「梅田阪急ビル」が迫力を増しているが、今春に着工されるプロジェクトに「中之島フェスティバルタワー・東棟」と「近鉄阿部野橋ターミナル」がある。「中之島フェスティバルタワー」は高さ200mのツインタワー。「近鉄阿部野橋」は高さ約300mで、どちらも大阪最大規模の超高層ビルである。
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◆「中之島フェスティバルタワー」の高さ200mは制限いっぱいのため確定であろう。敷地は地図で確認すると一辺約90mのほぼ正方形で、フェスティバルホールを内蔵する低層部と、上に高層オフィス棟を載せた構造である。発表パースによると、高層棟も正方形ながら四隅のコーナー部と各4面も緩いR曲面となっている。
こうしたデザインの評価はともかく、我々の関心事のひとつに、細身に見えるデザインがある。NY・ワールドトレードセンターのツインタワーは415mという高さもさりながら、正方形のタワーの平面は一辺約63mの太さで、415×63という平面の幅に対して約6.6倍の高さを持つ。シンプルな直方体かつ極めて細身のタワーが特徴であり、この比率と同時にタワーが二つ並んだことによってあの独特のフォルムが生み出された。
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◆前回に触れた「ツイン21」も日建設計の設計になるが、NY・ワールドトレードセンターをかなり意識したようである。それは「3WTC」と呼ばれるビルが、高さを抑えたホテルニューオータニに似ているのである。いわばツインタワーの引き立て役のビルがあったのだが、同じ地区に最高高さの同じビルが増えると、全体の調和は保てるがツインタワーの価値は下がる。これは建築協定や高さ制限があるのでやむを得ないのかもしれない。
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◆では、この「中之島フェスティバルタワー」のタワーの太さはどうなのか。設計図を見ていないので正確な数字は不明であるが、敷地の広さやパース、模型から推測すると、「ワールドトレードセンター」のタワーの太さと近似したものと思われる。つまり200mの高さのタワーをもう一本継ぎ足し400mにして始めて同じような細身のフォルムになる。どうも圧倒的な存在感は出ても、スレンダーなビルにはならないようである。今春から解体工事にかかるので、もう最終の実施設計は終っているかもしれない。設計は組織系最大手の日建設計である。
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◆大阪の超高層ビルを見ると、全般的に極めて細身に見えるのが特徴のようである。実際は太くてもデザインによって細身にしているビルが多い。一本だと太くて威圧感があるのをツインタワーにして細身の二本にしているのもデザイン的技法といえる。
細身に見える代表的なビルに「ハービス大阪」がある。このビルは東西方向から見ると極めて細く見えるが、南北方向からだと太く見える。このビルはよく見ると、東西の正方形のツインタワーを対角線に合体させたデザインなのが分かる。これは細身に見せる執念によってデザインを完成させたのであろう。他にも梅田センタービルの如く、シティタワー西梅田の如く、広い幅の一辺を細く見せる工夫は直方体の集合であったり、四隅の角を直角とせずに雁行させるなどの工夫が見られる。
はたして東京の超高層でこうした細く見える工夫のビルはあるのだろうか。私が東京のビルを知らないだけかもしれないが、ほとんどないようである。むしろ巨大な壁面自慢のビルが多い。一つだけ上げると「東京オペラシティタワー」が細身に見える工夫がみられるビルで、四隅を大きくカットして、四面の直線部分を小さくしているのである。

◆「中之島フェスティバルタワー」は工期4年で平成25年春竣工予定。近鉄「阿部野橋ターミナル」は工期5年平成26年春竣工の予定である。両方共に解体工事と、地下部分に長期を要するので、鉄骨が地上に姿を現すのは2年近くはかかりそうである。
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by osaka-salon2 | 2009-01-27 22:23 | エッセイ

『都市と高層ビルの話をしょう』

◆かつて建築という分野はあっても、それを趣味にする人などは稀なことだった。まして建築の写真を撮影するなどプロか変人くらいのものでしかなかった。それが30年位前から超高層ビルの出現によって今では立派な趣味のようである。超高層の持つシンボル性、神殿効果の賜物であろうか。
さて、私たちが超高層ビルを意識するようになったのはいつの頃からだろうか。日本では「三井霞ヶ関ビル」が最初で1968年の完成である。その後東京に「世界貿易センタービル」と神戸に「神戸商工貿易センタービル」が同じような意匠で完成した。このあたりが黎明期のビルで、すぐに大阪でも「大阪国際ビル」「大阪大林ビル」「中之島センタービル」などの超高層ビルが計画され立ち上がった。
東京新宿副都心で最初の超高層は「京王プラザホテル」であった。地上47階という高さもさることながら、新宿副都心で先陣を切ったので注目された。その後少し間があったようだが、次々と200m越えの超高層が鉄骨を伸ばしていく姿がよくテレビにも映し出された。大阪の人間は指をくわえて見ている他はなかった。
この頃になると、ポスターや雑誌などにニューヨークのビル群が写っている写真を見かけることが多くなった。そこには群を抜く高さの二本の直方体が写っていた。これが噂に聞く「ワールドトレードセンター」であるらしかった。この魅力的なシルエットは一目で分かるシンボリックなもので、ビル無関心派もビル好きに変えてしまうほどであった。同時にアメリカの経済力の象徴にも見えた。
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◆そんなとき1983年の夏だったと思うが、「松下がOBPにツインタワー建てるらしい」と弟が話していた。どこからのニュースなのか聞かなかったが私より知るのは早かった。私も嬉しくなって会社で同僚に話した「松下が38階建てのツインタワー建てるらしいで」と、私はNYのツインタワーが念頭にあったから「あんまり大したことないけど」と付け加えた。そしたら「大したことあらへんことあらへん」とのことだった。同僚は当時からニューヨークもヨーロッパも、あっちこっち海外は以前の職業柄行って知っているらしかった。「NYはあんまり緑はないね」とか、よく話していた人だった。そうこうしていたら新聞発表があり、9/1付けの紙上に計画が報じられた。「ツイン21、9/16起工式」の見出しだった。購買紙は読売新聞だったが、この切抜きは今も保存してある。
この同僚は地方の出身で大阪人ではなかったが、都市やビルについてよく話した。大阪に高層ビルが増えつつあったのも共通の認識だった。「神戸なんか何もあらへん」とも言っておられた。当時の大阪は高層ビルはまだ少なかったが、それでも梅田上空からの空撮写真が読売新聞に掲載されたのを見ると、けっこうな迫力があった。ダイヤモンド地区の上空からの写真で、すでに第一~第四ビルや「マルビル」や「アクティ」「ヒルトン」なども立ち上がって超高層ビル街の風貌はあった。
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◆「ツイン21」はおよそ二年半の工期で1986年の春に竣工した。もちろん私も見物に出かけた。MIDタワーの38階が展望フロアになっていた。とにかく凄い人気でごった返していた。これを見ると普通の人も超高層ファンなのが分かった。振り返って考えると、NYのワールドトレードセンターに重ねたツインタワーへの憧れ、それが大阪に出来た喜びだろうか。それを裏付けるようにその後の大阪は各地でツインタワーの建設が相次いだ。それはニューオータニのタワーのような都島の「ベルパークシティ」から、泉大津の「アルザタワー」、堺の「ベルマージュ」、弁天町の「オーク200」、果ては「りんくうゲートタワービル」もツインタワーで計画された。
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◆ツインタワーブームの流れは「梅田スカイビル」で頂点に達したようだった。クリスタルタワーを大きくして二本並べたような「梅田スカイビル」の出現で、大阪のツインタワー競争に一応の決着が下った。そんな時代があって、どのくらいの時間がたったのだろうか・・・。
ある日の晩、NHKの9時のニュースにワールドトレードセンターのタワーが炎上しているのが映し出されていた。信じられないような光景が鮮明に映されていたが、どうも要領を得ない説明だった。そのうちもう一つのタワーに旅客機が突っ込んでテロと分かった。ほどなくして、まさかのワールドトレードセンターの一本の崩壊が起こった。「うわぁ~~」悲鳴が口から出た。少し倒れるように崩落していった。残る一本も真ん中に突っ込んだので助かりようもなかった。熱さに耐えかねたのか、人が落下していくのも映っていた。目を覆いたくなるシーンだった。二本目は重みに耐えられなくなったようだった。下階を押し潰すように真下に崩落した。こうして憧れのツインタワーは悲惨な終焉を向えた。2001・9・11だった。

写真:1枚目ロアーマンハッタン「ワールドトレードセンター」を望む写真、ポスターからの複写による。2枚目「ツイン21」の竣工当時 3枚目お馴染み「梅田スカイビル」。2枚目3枚目は私の撮影です。
『都市と高層ビルの話をしょう』は連載します。
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by osaka-salon2 | 2009-01-22 22:18 | エッセイ

JR東西線の現況は?

▼正月明けから、もう1月も後半になりました。『1月いぬ、2月逃げる、3月去る』なんてことを言ったりします。1・2・3月は早く過ぎる「例え」ですね。私くらいの年になると年がら年じゅう早いのですが、若い人もこの三ヶ月は早く過ぎるようです。なぜなのか、私なりの解答は「働く日数が少ないから」・・・
1月は正月の休みが5日くらい、2月は28日と短い、3月は春を待つ気持ちで気分が急くし、春分の日もある。じっさい実働日が少ないからでしょうね。「早春賦」の歌を思い出します。
▼年明けの第一週の平日に梅田に出た帰り、天王寺までの経路をどうしたものか。迷ったのですが、ちょうど夕方になったのでJR東西線に乗ってみることにしました。北新地~京橋~天王寺の経路で帰ることにしたのでした。第一ビルの東寄りから地下2階に下りて、北新地駅の改札の方へ。天王寺までの運賃はというと210円でした。北新地駅は大阪駅と同じ扱いのはず?
大阪-天王寺間は190円なんですけどね。これは昔国鉄時代に競争力を付けるために地下鉄に合わせて特定運賃にしたのが今も生きているのですが、北新地は例外を認めないのかよく分かりません。細かいことはおくとして、乗ってみました東西線。
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▼ホームに降りると、京橋方面行きは出たあとで、反対側の尼崎方面ホームに篠山口行き快速が来て、出て行きました。尼崎を軸とした電車の運転系統はかなり複雑です。JR神戸線からの普通が京都線・東西線に振り分け。宝塚線からの普通及び快速が東西線に乗入れ、普通には京都線に行くのもありますし、別に大阪駅発着の丹波路快速もあり~のですからね。定期利用者でも運転系統を理解しているかどうか疑問です。鉄道マニアは利用してなくても基本理解してるものです。例え利用してなくても関心の度合いが違いますからね。車に乗っていても電車が見えたら、「あれは西明石行きで何型の車両とか」いつも注意しています。
▼余談が長くなってしまいました。で、待つこと5分ほど。北新地17:36発の松井山手行き普通がやってきました。この時間帯、ラッシュには少し早いようですが、5分もすればホームは人でかなり埋まるようです。人波に続いて乗車しましたが、もちろん座れず立ったままで、次の天満宮ではかなりの乗客が乗り込んできました。ほぼ満員のまま、大阪城北詰から京橋へ。京橋では乗り降り交錯していました。しかし酷い混雑ではなく少し余裕のある程度です。
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▼それから、環状線の天王寺方面行きホームに上がりましたが、やはり環状線の方が乗客は全体かなり多いようです。昔から環状線の最混雑区間は鶴橋→玉造間となっています。これは今も変らないと思います。一番儲かってる大阪環状線を古い車両のまま放置する「JR西日本」とは、どういう会社なんでしょうね。関東だと優先順位ははっきりしています。一に山手線、二に中央線とね。
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by osaka-salon2 | 2009-01-18 11:48 | 鉄道

野崎観音からの眺め

▼大阪平野東部の生駒山山麓にある「野崎観音(慈眼寺)」からの眺めです。先日正月明けにお参りに行ったのですが、今回で二度目になります。
JR学研都市線の野崎駅から東に真っ直ぐ1200mくらいでしょうか。有名なのは「野崎参り」という歌、東海林太郎の歌です。「野崎参り~は~屋形船で~~参ろ~♪」とこんなのですが。
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▼しかし、「屋形船に乗って天満橋から行けるんだろうか」そんな疑問が起きてきます。地図を見ると、寝屋川がこのあたりから流れていて、深北緑地の横から支流になって谷田川というのが野崎駅まで行ってました。
野崎観音は山裾ですが、そこから登る登山道からは上に室池という池があって、府営室池園地の自然公園です。室池を源流とする川も寝屋川の支流です。そして寝屋川はというと、京阪寝屋川市駅から交野市星田あたりが源流のようです。天野川は枚方で淀川本流に注ぎますから別流域になります。大阪は手付かずの自然がけっこうあるのに驚かされます。しかも山と清流のあるような美しい自然です。
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 ▲これは大日から千里方面を望んだ写真です。手前の緑地が「深北緑地」です。写真はおもいっきりトリミングして、縮小しないそのまんま。光学ズームじゃない方の切り取りズーム効果です。つまりデジタルズームというやつ。
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◆できれば、何かうんちくを入れたいのですが・・・
ここ野崎は大東市になりますが、学研都市線の次の駅はというと、「四条畷駅」です。
ところが四条畷駅は四条畷市かというと、これが違うんですね。四条畷駅はじつは大東市にあります。
◆こうした例は東京には多いようですよ。もっとも有名なのはJR品川駅ですね。JR品川駅の所在地は東京都港区で、品川区にあらず。山手線の駅の所在地全部調べたら、驚きますよ、きっと。目黒とか渋谷とか区名になってる駅もほんとにそこかどうか、わかったもんじゃないし。もう少し余談を書くと、大田区は大森と蒲田から一字づつ取ったものだし、国立(くにたち)ってのも、国分寺と立川から取って同じくだし。
これだと、「ほたるまち」が福島区でも、北区の「堂島とか中之島」と言ってるのも可愛いし、旧朝日放送の大淀も梅田といって何ら差し支えないですよね。
◆あ、そうだ。本日は成人の日でした。新成人の方、おめでとうございます。
私は成人式に参加していないのですが、これが一生引っかかっています。人生においてセレモニーを大事にしたいものです。卒業式には「仰げば尊し」を歌って学舎を去る。マンネリが大事ということですね。
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by osaka-salon2 | 2009-01-12 13:34 | 展望台

西梅田あたり散策

▼西梅田あたりを見学してきました。硬くない方のらくらくネタになります。
まずは、「ヒルトンプラザ・ウエスト」のビルが何気に格好いいです。四角いビルですが、大阪証券取引所ビル風の全面ガラスカーテンウォールがお洒落です。でも、中は用がなさそうなので、東向いの「ヒルトンプラザ・イースト」の方に入りました。
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▼ヒルトン大阪こと「吉本ビルディング」ですからお馴染みです。
エスカレータもあるけど、エレベータで上がることにします。目指すは5・6階の「淳久堂書店・梅田ヒルトンプラザ店」でした。はじめてのお店♪で、一度来たかったのです。
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▼淳久堂さんは専門書の品揃えの良いのが特徴です。建築の本もいろいろ・・・
書店以外は、女性向きのブティックモール、ネイルアートのお店も。
下りはエスカレータにしました。
それにしても、凄い吹抜け空間ですよ。確認してないけど、10階くらいまで吹抜けかな~。
ガラスの向こうには中央郵便局とか梅田スカイビルとか見えています。
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 1階フロアに喫茶コーナーがあったりしますが、ホテルとは仕切られていますね。ホテルの方はもう少し暗くてゴージャスな感じでした。
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by osaka-salon2 | 2009-01-09 23:34 | 梅田

中之島フェスティバルタワー始動へ

▼今年始動するプロジェクトは多いですが、期待度大なのが「中之島フェスティバルタワー」ではないでしょうか。なんせ超ド級の200mツインタワーですからね。ランドマークというより、ここが大阪の重心の感じになりそうです。
去年の発表では、東地区の新朝日ビルは4月頃から解体工事に着手する予定のようです。
50年の長きに渡って親しまれたフェスティバルホールと、新朝日ビルですね。これほど大阪の文化に貢献した施設もないと思います。まごうことなき世界第一級のコンサートホールでした。
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 ▲写真、まずは東地区の解体される「新朝日ビル」です。北面とフェスティバルホール側の南面です。
このビルも半端なくデカイですね。オフィス以外に「リーガグランドホテル」「フェスティバルホール」「リサイタルホール」が内蔵されていましたから。

▼名残りを惜しんで、フェスティバルホールの玄関、肥後橋南詰の大同生命本社ビルとか入れておきます。
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▼西地区は少し先になりますが、こちらの朝日新聞大阪本社南側玄関に「朝日新聞コミニュケーションホール」というのがあって、中之島フェスティバルタワーのPRコーナーがありました。
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◆パネルやら模型の展示もありました。内部はちょっとした図書室風で資料のように新聞の過去の閲覧とかもできるようでした。で、パネルの「中之島フェスティバルタワー」はこれまでの発表パースで見たことのある画像でしたが、模型はアクリルケースの中に展示してあったのですが、よく見るとパースと違っていたんですね。
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 ▲西地区の低層部の高さが明らかに違いますし、太さも少し細い気がしました。去年からの実施設計で変更になった可能性もあるようです。
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by osaka-salon2 | 2009-01-08 22:00 | プロジェクト

「第二京阪道路」の建設状況

▼第二京阪道路は飽和状態にある京阪国道、近畿自動車道の吹田-門真間や名神高速道路の京都南IC付近の渋滞緩和を目的として整備が進んでいます。
すでに京都側の小椋池-枚方東IC間は供用されていますが、肝心の大阪側の枚方東-門真JCT間は工事中で、現在近畿道につながる門真JCTも全貌を現してきました。すでに国道170号大阪外環状線でも、交差部分には巨大な橋脚が並んでいます。
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◆地域高規格道路に位置付けられた国道1号バイパスで、自動車専用部と側道に当る一般部からなります。自動車専用部はほとんで6車線のようです。
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 ▲写真は門真JCT付近、12/21撮影

◆沿道環境への対策として、道路の両脇に副道・植栽帯・自転車歩行者道からなる環境施設帯を設置しており、国土交通省は「緑立つ道」の愛称を付けています。
門真-枚方東間の開業予定は、2010年3月となっています。当初の予定より遅れていますので、現時点での目標年次。
浪速国道事務所webから「第二京阪・どんな道」
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by osaka-salon2 | 2009-01-05 22:38 | 大阪の道路

高津宮を偲ぶ住吉大社に初詣、これいかに

▼師走に慌ただしく「大阪遷都」の話題なんかを書きましたが、東京遷都以来の大阪の扱いの酷さの理由がより理解されるようでした。偏向報道も得体の知れない力も、すべての源泉はこれにあったわけで、現在もなお継続されているということですね。

年が明けてHPの新規作成をやり、従来のHPは廃棄処分としました。この新HP表紙ページにMKCRセミナーの発表・講演を載せています。
Jeffrey E. Hanes(ジェフリー・ヘインズ博士)の『Osaka versus Tokyo:The Cultural Politics of Local Identity in Modern Japan(大阪対東京:近代日本におけるローカルアイデンティティの文化政治学)』です。考えさせられる内容です。興味があれば読んでみてください。

東京遷都以来の東京中心主義、東京の大阪への憎悪が浮き彫りになっています。奇妙なまでの偏向報道も大阪を排除するかのような心理も、東京の大阪に対する意識が源泉だったようです。これらは政府認定であり、むしろ政府の政策として実践されてきたいえます。
ですから、東京メディアに公平性を望んでも所詮は無理でしょう。「大阪叩きは政府公認ですよ」と開き直るのがおちです。「他の地方のように大人しくしてろよ」とね。

▼で、皆さん初詣は行かれましたか。私は2日に地元の神社にお参りしました。
写真は数年前に参った住吉大社です。
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1月も半ばくらいで参拝の人は少なかったのですが、昨日の新聞を見ると賑わっていたようです。大阪の初詣は住吉大社が人出は多いですよね。
住吉大社のHPの歴史年表を見ると、仁徳天皇が313年に難波高津宮に都を定めるとなっています。
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▼以前から気になっているのですが、応神・仁徳天皇の時代は「大阪王朝」の時代です。孝徳天皇の大化改新による難波宮遷都が645年。これより300年以上古いですね。古代史的には仁徳天皇の在位年は不詳になっていると思います。
いずれにしても、大阪の起源は仁徳天皇の高津宮(たかつのみや)に置かれています。後の難波宮は日本最初の本格的な首都と言われていますが、城郭だけでなくて城坊制の市街があったらしくて、天王寺区真法院町の勝山通に、坊城制を示す「五條宮」という宮があります。
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  ◆五條宮の写真と大阪市歌のリンクです。
大阪市歌
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by osaka-salon2 | 2009-01-04 10:51 | 大阪の歴史

平成21年の幕開け、輝かしき新年

▼新年おめでとうございます。ようこそ「大阪情報サロン」へ

大阪の未来に向けて、力強く踏み出したいと思います。
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◆金融危機と言われらがらも、今年は大阪にとって大いなる飛躍の年になると信じます。
「中之島ダイビル」も「北浜タワー」も今春竣工の予定で、これに続くプロジェクトも数知れずあります。
▼なかでも鉄道新線の「阪神なんば線」は3月20日開通の予定となっています。昨年10月の京阪中之島線開業に続くプロジェクトは、必ずや大阪の街によい刺激を与え大きな遺産となることでしょう。期待と同時にまた初乗りに参りたいと思っています。
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◆「大阪情報サロン」としても、ともに喜べるように頑張っていきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
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by osaka-salon2 | 2009-01-01 00:00