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大阪情報サロン

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夕方のテレビ『近畿広域ニュース』の攻防は?

◆夕方のテレビは我が家では毎日放送の「VOiCE」にチャンネルを合わせることが多い。
これはMBSナウの時代からくせになってしまっているのもあるけど、エンディングの映像に中之島・梅田の映像を映してくれるから。これはチャンネル選択の条件としては大きいのです。

夕方6:15あたりからの近畿のローカルニュースはNHKが「ニューステラス」、毎日テレビが「VOICE」、朝日放送テレビが「ゆう」、関西テレビが「アンカー」、読売テレビが「スクランブル」などどなっています。各局ともに力が入っているようです。仕事を終えて食事しながら、くつろぎながら見るのはニュースがよいようで、この点でも在阪局の狙いはピッタリの感じがします。

本日2/25のVOiCEのエンディング映像を2枚入れておきます。
ハービスENTの屋根のドアップから引いて、梅田・中之島全体の映像になりました。今日も素晴らしい夜景を見せてくれました。これは大阪大林ビルのカメラからだと思います。
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もう1枚は今日のNHK「ニューステラス関西」・・・
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映像は例によって梅田の歩道橋、それに難波から北向き御堂筋の映像でした。朝日放送、関西テレビ、読売テレビのエンディングは見てないのでよく知りません。

◆ところで本日の大阪の日の出は6:33 日の入り17:50 です。
皆さん、気にしてるようであまり知られてないのが、こんな自然現象ではないでしょうか。
エンディング映像も季節とともに変ってきます。夏至のころともなると夜景ではなくまだ昼間であったりしますし、日没時刻も大阪と東京では20分くらいの差はあると思います。同じ時刻でも東京は真っ暗でも大阪は明るいとか。

今ごろは一日に2~3分程度昼間が長くなっていきます。それで日没時刻も一日に1分程度遅くなっていきます。ところが冬至・夏至のころは変化が少ないのです。2週間くらいはほとんど変化しないです。しかも日没が最も早くなるのは冬至よりも半月ほど前になります。大阪の場合12/5頃です。経度だけでなく緯度によっても違います。・・・『冬至10日経ったらアホでも判る』ってこと言いますが、実際には冬至ですでに日没が遅くなりつつあるのですね。
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◆もうひとつ、この写真は生駒山から大阪都心方面の日没です。そこで皆さんに問題です。
月や太陽が昇るときとか、沈むときは大きく見えますよね。ところがこれは実際には同じ大きさのようです。五円玉を指にかざして見てみると、どのような場合も穴にちょうどの同じ大きさだそうです。
では、日没とかはなぜ大きく見えるのか。「目の錯覚」とか「山や地平線と比較して大きく見える」というのも答えでしょうね。
実際は権威ある天文台でもなぜ大きく見えるのか解っていないそうです。私は私なりの答えを持っていますけど・・・
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by osaka-salon2 | 2009-02-25 20:38 | エッセイ

ミュージアム周遊が今風・・・『大阪歴史博物館』

コテコテはもう飽きた。今風のカッコいい大阪は「ミュージアム周遊」・・・

久し振りの更新です。近ごろお天気はぐづつき気味・・・スカッと晴れる日がないよね。
そんなあんなで撮影意欲減退気味です。季節は冬から春への変わり目か・・・。

この「大阪情報サロン」に来る方は、大阪に関心のあるのは勿論だけど、美術館・博物館の類いが好きな人が多いのではないでしょうか。
ときどきはミュージアムもありかな~と思っていまして、今回「大阪歴史博物館」です。
おそらく、ほとんどの人が行っておられることと思います。私は三度目ですけどね。
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これ出来たときは「凄い!」って思いましたよ。NHK大阪放送会館とエントランスで合体してたり、NHKの方がメインの感じでデカイですけどね。
NHKはたった18階建てなのに約135mあったりしますよね。平均階高じつに7.5m、内部に入ったことないのでどうなってるのか解りませんが、凄いといえば凄い。マンションだと40階でもそんなに高くないですよね。
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まぁ、超高層の博物館というのも大阪らしくて素晴らしいです。
それで、入口はスケルトンの地球儀のような球体のドームから。入ってみると内部は明るくて広々した開放的な空間です。右側がNHK、左が歴博です。
切符売場、改札ゲートともに制服も凛々しい女性コンパニオンさんが迎えてくれます。「EVで10階までお上がりください」との案内・・・。
そうなんです。この大阪歴博は7階から10階までが常設展示場なんですが、まず10階まで上がって、エスカレーターで1階づつ降りてくる順路になっています。上から見て回るのは海遊館が最初だったかもしれません。
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最初の10階は古代~の展示で、ここが一番の大掛かりな仕掛けがしてあります。難波宮の大極殿を実物大に再現してあるのです。南面の窓のカーテンが緞帳のように電動で下がると暗くなって、グラフィック映像の画面による難波宮の説明が入り、それが終るとカーテンが上がって、眼下に実際の難波宮遺跡の風景が現れる仕掛けです。なにせこの博物館は法円坂にあって、南東側は難波宮史跡公園ですからね。
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ほんでもって、北東側は大阪城公園で、OBPの高層ビル群をバックに真近に天守閣が望めます。展望台としても価値ありですが、北東のコーナーのガラス窓が下に降りると徐々に狭く小さくなっていくのが面白いです。しかしこの窓、映り込みがきついので撮影は難しいようです。レンズをガラスに着けるといいのですが、手を伸ばしても届きにくい距離であったりします。
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地方から大阪観光に来る人は、道頓堀・新世界、それに海遊館・ユニバーサル・スタジオあたりが多いようですね。まぁ、偏向しまくりのメディアに洗脳されてますから、あんまりこの博物館には来られないようです。私が行ったときは小学生の団体の見学で賑やかでしたよ。引率の先生は男女二人で静かに大阪城の方を眺めながら語らいあっておられました。

建築名称― 大阪歴史博物館
建築主― 大阪市
設計者― 日本設計、NTTファシリティーズ、シーザー・ペリ&アソシエイツ ジャパン
規模― 地上13階、塔屋2階、地下3階
建物高さ― 最高部134.965m
敷地面積― 12,999m²
建築面積― 7,415m²
延床面積― 90,026m²(大阪歴史博物館23,606m²、共用部分18,989m²、NHK占有部分47,430m²)
着工― 1998年1月
竣工― 2001年4月
所在地― 〒540-0008 大阪市中央区大手前4-1-20・32
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by osaka-salon2 | 2009-02-23 23:11 | 展望台

大阪の未来を決する『京橋』の整備・再開発

◆この前、大阪の街が誤解されるのは、「電車の車窓から都心部がまったく見ることができない」ということを書いたがこれは事実。都心部を走る鉄道は地下鉄と一部の私鉄になるがいずれも地中を走っている。地上を走る主たる鉄道はJR大阪環状線である。その森ノ宮-天王寺間の景観は最悪の部類になると書いたのだが、ちょっと悪く言いすぎたようである。最近JR環状線にあまり乗ってないし、外を注意深く見ているわけでもない。いわば20~30年前のイメージで語ったようなので、じっさい電車に乗って見てみることにした。
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じっさい見てみると御堂筋のような整然とした感じはないが、昔の瓦屋根の延々と続く景観はかなり解消されていた。とくに桃谷・鶴橋付近からの景観は激変していたのである。それは上本町付近の上町台地そのものに超高層マンションが林立し、再開発で大きく街並みは変貌していた。イメージだけで語ることの愚かさを悟った次第である。東側は見てなかったが。
で、大阪環状線はどうあるべきか。私の考え方は平成17年に発表したものを、このブログの「街づくり提言」に再録してあるので参照していただくとよい。その南北を逆にした地図をもう一度掲載する。

e0161853_13354696.gif◆大阪の都心南北軸は地下鉄御堂筋線である。新大阪-梅田-淀屋橋-心斎橋-難波-天王寺をつなぐのが御堂筋線である。だれが見ても最強の路線といえる。すべては御堂筋線に通ずの如きである。梅田の阪急などはもちろん京阪・近鉄も以前から淀屋橋と難波に到達していた。大阪の都心軸は御堂筋線に偏り過ぎている。これを都心軸とすれば、別に副都心軸がもう一本ほしい。そこで環状線の東側を整備して京橋を最大の拠点にしたら大阪の都市機能は飛躍的に強化されるのではないか。




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◆天王寺・上本町(鶴橋)-京橋-淡路-新大阪を東部の副都心軸とするのである。その中核が京橋となる。以前に掲示板で京橋の再開発プランを問いかけたことがあった。それには常連で京橋通のOCPさんが地図にプランを描いて、見事なプレゼンテーションを提示してくれたので、そのOCPさん作図のプランをもう一度掲載する。環状線のホームを少し南へずらしたうえで、大規模な15階建ての駅ビルをホ-ム上に建設する。天王寺MIOを大きくしたイメージである。西側のダイエーの敷地も建替え再開発として、25階建ての店舗・ホテルからなるビルとオフィスビルの二棟を新築する。高さは100mと130mである。寝屋川の両岸は遊歩道を整備して桜を植樹する。
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◆OCPさんのプランはそんなイメージであった。先日、京橋を見て回ったのだが、京阪京橋駅を含めて北側はかなりよくなっている。コムズガーデンには地下鉄京橋駅もあり、周辺のオフィスビルや各種の施設が入り乱れて、十分なポテンシャルがありそうである。いわばJR駅の付近だけが悪いのである。東側一帯の環境はよくないけれども、再開発という機会にでも整備できたらと思う。
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京橋という駅名ははるか遠くの天満橋寄りの日経新聞社横の橋の名前からきているそうだ。そして現在の京橋といえば駅付近の通称地名になってしまった。この雑然とした繁華街だけが京橋では具合が悪い。新宿といえば副都心・高層ビル街がイメージされるように、京橋もOBPがイメージされるような戦略が必要なのである。大阪の最大の間違いは「名を捨てて実を取ること」、逆に「実を捨てても名を取ること」が大阪には必要と痛感する。
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◆私の提言では東京に対応させれば京橋が新宿であり、現環状線の大阪-京橋間は環状線の内側を貫通する中央線であり、JR東西線はメトロ東西線と考える。新大阪は品川と考える。そう新宿-品川間に相当する路線は大阪では未成線だったのである。これはこれから造る外環状線の北部である。新大阪から梅田北ヤード新駅に延長が発表されたそれである。
私鉄はともかく、JRに関しては関東・東京の路線は完璧なまでに整備されている。この路線網をお手本にしない手はない。大阪の欠点はあまり東京を真似ないことである。「東京にあるものは大阪にいらん」じゃなくて「東京にあるものは全部大阪にも造る」としたい。東西二大都市、東西二眼レフ論としたい。東京の貪欲なまでの発展は大阪を意識し、出し抜くことが原動力になったようである。
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by osaka-salon2 | 2009-02-16 13:01 | 街づくり提言

プロジェクトetc・「あっちこっち」

◆「大阪全日空ホテル」は2008年10月1日よりANAクラウンププラザホテル大阪に名称が変更になっています。
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堂島川対岸の中之島からのクラウンプラザホテルです。このビルは正式には「堂島ダイビル」となっています。ANAホテルの一棟借り切りですから、ホテル名称でよいのでしょうね。「ハービス大阪」の場合はリッツカールトン大阪以外に、オフィスフロアが大きいのでホテル名称とビル名称は分けるのが妥当なようです。

◆その東側は「新ダイビル」ですね。1958年竣工のひと時代前のオフィスビルですが、土佐堀通りの「住友ビル一号館」と双璧をなす巨大なビルです。この新ダイビルも建替えで取り壊されることになっています。旭化成の本社などが入居してしていて屋上緑化庭園があることでも有名です。
これは大阪の先進性を示す例になります。50年前から屋上の緑化も当り前のように造られています。私はまだこの屋上庭園を見たことがないのですが、一度見学の価値ありと思います。
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◆梅田阪急ビルです。桜の咲くころには鉄骨も上まで伸びて上棟しているでしょうか。
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◆阿倍野近鉄の2階入口、昨日のカウントダウンです。下の写真が阿倍野筋の道路側から現況の近鉄旧館
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そして西側の広大な更地が「阿倍野A1地区 第二種市街地再開発事業A2棟」と「同A1-2棟」、A2棟が横に平べったいショッピングモール。A1-2棟がホテル・店舗・事務所の地上24階塔屋2階、高さ96.45mです。
◆ようやく阿倍野再開発は最終段階になりました。紆余曲折40年をかけて続けられた再開発で、幹線道路沿いとこの地区を除いて他はすべてマンション街となり、高層住宅群で埋め尽くされています。
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by osaka-salon2 | 2009-02-13 10:52 | プロジェクト

『都市と高層ビルの話をしよう:4』

◆前回、オフィスビルは都心指向が強いと書いたが、それ以上に指向性の強い業種にマスコミがある。新聞社、テレビ局などの報道に機動力が必要とされていたり、以前は新聞輸送の多くが大阪駅からの列車に依存していた。貨物ならばJR貨物の梅田駅になるが、新聞の場合は長距離の旅客列車に連結された荷物車で輸送されていたのである。これは大阪駅発着となる。

で、新聞各社は大阪駅から近い場所に立地したというわけ。距離にして朝日新聞大阪本社は中之島で900m。毎日新聞は西梅田で500m。読売新聞は扇町に近い野崎町で1000m程度。産経新聞も以前は西梅田・桜橋のブリーゼタワーの場所にあったが、ブリーゼタワー建設のためJR難波駅南側のルネッサ難波地区に移転した。これで何も支障がないのだろう。だったら産経新聞の行き方が正解になるが、どちらかといえば産経さんは正統派とはいえないようで、アッと驚くような常識破りを簡単にやっちゃう。
まぁ、現代においては格式のうえで一等地に社局をおいてると言った方が正しい。その一等地がどちらかといえば梅田・中之島に近い場所なのである。まず本町より南はあり得ない。(産経さんは例外)

テレビ局はNHK以外を見ると、毎日放送が梅田茶屋町、朝日放送が福島1丁目ほたるまち、関西テレビは扇町、読売テレビは京橋OBPといったところ。これも全般にかなり北寄りになっている。この原則は企業本社を見ても同様であり、一流企業ほど中之島・堂島から淀屋橋あたりであり、本町から心斎橋方面へと南下すると企業規模が小粒になる傾向がある。
こうした大阪の街の構造は大阪人ならばおよそ分かっているのであるが、他の地方の人たちはまったく分かっていない。たとえ大阪に仕事で来ても、あるいは観光で来ることがあってもそれは理解の外である。以前にも書いたが大阪のビジネス街は船場を中心としている。船場は北浜から長堀通りまでであって、したがって長堀通りから難波寄りになるとオフィス街としては極めて弱くなる。
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◆もうひとつ、大阪の街が誤解されるのは、「電車の車窓から都心部がまったく見ることができない」という事実がある。なかでもJR大阪環状線は誤解の最たるものである。とくに大阪-京橋-鶴橋-天王寺の東側は利用客が多くていつも混雑しているのであるが、景観的には最悪の部類になる。都心に触れるのは梅田の一点だけで、あとは都心をかすりもしない。

e0161853_1372254.jpgとくに森ノ宮-天王寺間は場末感の漂う高架線である。ここから都心の西側の風景はある意味で大阪の不幸ですらある。本来は見えるはずの都心のダイナミックな景観が一切見えないのである。それは大阪城から天王寺に続く上町台地が視界をさえぎっている。
大阪環状線の森ノ宮-寺田町間の高架線から見る大阪市街は延々と低い家並が続く景観である。これは都心部の四つ橋筋・御堂筋・堺筋までが平坦であるが、松屋町筋から東はかなりの上り勾配になる。これが上町台地で、南北に続いているが東西には谷町筋・上町筋あたりが最も高くなり、さらに東に行くと海から遠くなるが逆に低くなっている。古代の河内湖は今も河内低地の下町が東大阪まで延々と続いているのである。つまり大阪環状線と御堂筋方面と間には南北に続く山が立ちはだかって、JRの電車から都心を見ることができないのである。
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それは寺田町から天王寺に至る地形を見るとよく分かる。高架の寺田町駅から300mも行けば地平になり天王寺駅では掘割の地下ホームになってしまう。さらに行くと再び高架の新今宮となるのである。大阪環状線のうち城東線と呼ばれた天王寺-玉造-大阪間の開通は明治年間にさかのぼる。昭和8年には電車化されている。沿線の低層密集地域はおそらく明治から大正時代にかけて形成されたのであろう。e0161853_1383813.jpg
電車自体は乗客も多く、JR西日本の中で最も稼ぐ優良路線である。よく東京の山手線と比較されるが、そのような事情からかなり性格の違う路線である。山手線の西側は品川・渋谷・新宿・池袋の副都心をつなぎ、一方の品川・新橋・東京・秋葉原・上野・日暮里は都心貫通線である。大阪環状線はどちらかと言えば、JR・私鉄の放射線を結ぶ短絡・乗換え路線になっている。では「大阪環状線はどうあるべきか」それは次回にでも書きたい。

◆写真1:JR環状線オレンジ201系電車 京橋で
写真2:大阪環状線の車窓から見える唯一のビル街、京橋OBP 京橋-大阪城公園間
写真3:京橋に隣接するOBP、ホテルモントレラスールや読売テレビが見える
写真4:京橋OBPに隣接して大阪城ホールがある。イベントがあると人出も多い。
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by osaka-salon2 | 2009-02-11 13:31 | エッセイ

美しき銀河を目指して!

『札幌-大阪:夜間飛行の思い出』

伊丹空港へ着陸する飛行機から大阪の街を見るのは何度経験しても感動する。見ているだけで大阪の街は凄いけれども、その光景を乗客も乗組員も皆が見ているとなおのことである。
何度も体験したが、伊丹空港への着陸にはいつもドキドキさせられるのがつねである。
関西国際空港が開港して間もないころであったが、一度北海道旅行からの帰りに、札幌・新千歳空港から伊丹空港へ飛んだことがあった。

北の大地を発つころにはすでに夕闇が迫っていた。晩夏のころであったと記憶する。その日は低気圧の接近もあって風が強くて不安な感じもあった。機体はANAのB-747ジャンボ機であった。なんとか予定通り飛び立ってくれた。以後の便は欠航になった。
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飛行機は暗雲が垂れ込める中を順調に上昇を続けて、シートベルトが解除されるころには雲を突き抜けて雲海の上に出た。ちょうど太陽が水平線に沈むようで、少しの間、横から陽が差して機内を赤く染めていたが、すぐに太陽は没したようだ。
この天候では下界は見えないだろうと思っていたが、しばらく飛行すると嵐が過ぎ去ったのか雲も切れて、漆黒の闇の中の夜間飛行になった。ほとんど灯りは見えないが北海道を離れて海上を飛んでいるらしかった。機内の中ほどには飛行コースが表示されていた。それによると日本海を陸地に沿って南下するコースになっている。秋田沖から佐渡島、能登半島あたりから大阪を目指すらしい。

闇の中にときどき灯りが見えても、高度が高くてそれが何か分かるはずもなく、やや退屈な感じであった。飛行時間はおよそ2時間である。そろそろ能登半島あたりと思えるころ、私は客室乗務員のすぐ後ろに空席があったので、左側の窓側に座って窓から外を見ることにした。やはり、ほとんど何も見えなかったが、見えるまで頑張り通すことにしたのだ。
ある希望を持っていたのである。それはどこから大阪が見えるのか?そんなたくらみであった。どこから富士山が見えるかに似ている。「伊勢からは富士が見えるという」あるいは「大台ケ原からも富士山の見える場所があるらしい」というのに似ている。

窓に頭をつけて見続けること10数分くらいだろうか、左前方にぼんやりと星雲のような灯りが確認できた。時間の経過から能登半島から福井あたりを飛行しているはずであった。その星雲は大きさからは中規模の都市のように見えていたが、目を離さず見続けると次第に大きくなってくるのが分かった。周囲を見ても星雲はほかに見当たらなかった。
飛行コースからは大阪の手前には京都もあるはずだが、その巨大星雲以外には灯りすらもなかった。徐々に大きくなってくるのをしばらく見続けて、これはまぎれもなく大阪だと確信した。
大阪の市街地は他の都市とは比較にならないくらい大きい。10分20分見続けると途方もない大きさに変化してきたのである。

銀河系星雲を遠くから見ていたのが、次第に近くなってくるようであった。しばらくすると、銀河系に突入するように窓外いっぱいに街の灯りは広がった。「凄い、やはり大阪だ~!」・・・園部か能勢か北摂の山を越えたようだ。徐々に高度を下げていて山の稜線や地形も見える。
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「川西あたりだろうか」・・・進路はそのまま大阪湾に向って行った。左に大阪平野全体が広がった。とうとう銀河系の中に入った。凄い光の海である。宝塚・西宮から大阪湾に入り淡路島の東寄りを南下した。「ん、ん~?」・・・「どこに行くんだ??」・・・
洲本付近まできて、関空を通り過ぎて紀淡海峡手前で左に大きく旋回したのである。Uターンである。今度は機首を北北東に向けて大阪湾岸に沿って北上を始めた。しかも内陸の通常のコースじゃない。湾岸沿いである。低気圧の余波か風が強いから、これはもしかするよ。

通常のコースは八尾から北西に伊丹の滑走路に一直線に進むが、風向きによって、たまに逆向きに着陸する場合もあるのだ。それは一年に数回あるかないか、遭遇することは少ない。海岸に沿って北上し泉大津・堺から、すぐさま南港を右側に海側から見て進む・・・。
飛行コースはグルグル回る。風でかなり上下にゆれる。「凄いの何の・・・」、目が回るような感じだ。「この感じ、分かるだろうか・・・」、機体が右に左に旋回を繰り返す度に、大きく傾斜した飛行機の窓からは、地上が窓と平行になったり、窓が上空を向いたり、加えてエアポケットの上下動とくる。おとなしく座ってればどうということもないのだが、機内から反対側の窓の外を見ていると目が回るのである。
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夜間の場合は正確な目標は見付けにくいが、大きな地形とビルの灯りで判る。淀川にいくつもの橋の照明があるのが見えた。尼崎から西宮へ飛行を続け、再び大きく右旋回となった。もう間違いない。逆コースの着陸である。またもや右側の窓に地上を見ながら、宝塚から伊丹の滑走路に一気に高度を落として着陸する。通常の着陸でも伊丹空港へは興奮するが、こんな絶叫マシーンのような着陸は初めてであった。こうして一生忘れ得ない飛行のドラマは終わった。
じつに美しくもドラマティックな夜間飛行であった。そして、銀河の如き大阪は美しかった。

◆夜景写真は梅田スカイビルからの大阪の夜景で、飛行機からの写真ではありません。イメージです。
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by osaka-salon2 | 2009-02-08 23:23 | 大阪の景観

阿倍野区『桃ヶ池公園』

◆春めいて大阪♪三日続きの晴天になりました。
ローカルネタになりますが、陽気に誘われて阿倍野区の桃ヶ池公園を訪れてみました。
もう二年近く前に掲示板で一度取上げた公園です。それで再度同じネタに挑戦となりました。場所はJR阪和線と阪神高速松原線の交点の西南側になります。
以前、掲示板で大和川の付け替えによって、「西除川の大和川以北は取り残されて、長池・桃ヶ池になった」と書いたのですが、今回調べましたがどうしてもそのような事実は見当らなかったのです。どうも私の早合点だったようです。

◆じつは、自宅からそう遠くないので、子供のころはときどき遊びにきたこともあったから、よく知っています。すぐ近くの松虫通りを車で走ることは頻繁にあるが、とくに用もなく、何十年と訪れることはなかったのです。
訪れてみて、想像以上に木々もあり、池も水をたたえていた。
予想以上の広がり、ちょっと感動・・・
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地図で確認すると、住吉区の万代池の二倍くらいの面積がある。今は「桃ヶ池」と書くが昔は「股ヶ池」であったようだ。
灯台もと暗し。近くの公園だからありがたみが減じていたのかもしれない。どうも古い歴史が刻み込まれた池のようである。
股ヶ池明神の鳥居の横にあった案内によると、推古天皇やら、聖徳太子の大蛇退治の伝説が書かれてある。股ヶ池には大蛇がいたそうな。この池はいつからあるのだろう。
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以前に調べた記憶だと、河内長野の天野山に源を発する西除川(天野川)は狭山池から北野田・美原・布忍・天美を辿って我孫子から大和川左岸の土手に沿って浅香近くで大和川に注いでいる。大和川付近の流路は現在の姿であって、大和川の付け替え前はさらに北流し、駒川・今川となって生野区林寺付近で平野川に合流し京橋近くで淀川に合流していたという。

◆江戸中期、1704年に大和川が付け替え工事が実施された。それまで柏原の石川合流点から北西に向けて玉櫛川、長瀬川を本流にして、いずれも淀川に注いでいたのが、一年足らずの工事で堺に向けて付け替えられたのだ。
それで、西除川の大和川以北は取り残されて、長池・桃ヶ池になったと以前に書いたがその事実はなかったようだ。たんに古くからの池だったのだろう。
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近鉄沿線の河内天美・河内松原・藤井寺付近にはおびただしい池がある。ちなみに狭山池は西除川の途中にある、日本最初にして最大のため池だそうだ。大和川は付け替えられて300年あまりになる。そんな大規模な土木工事が一年も経ずして出来たとは・・・驚き!
さて、桃ヶ池を地図で見ると、複雑な形をしているのがわかる。大きく突き出した半島が少なくとも三つ、完全な島が一つ・・・
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◆島々をつないで橋が架けてあって、行き来できるように配置されている。池の面積も大きいが、日本庭園によく見られる配置にダブって見える。まさに山水を鑑賞しながら歩くのは回遊式庭園ならぬ、回遊式公園といえる。
池の水が濁っているのが少し気になったが、こんな近隣公園にしておくのは勿体無い、そんな素材を持つ公園である。願わくば水も透明度を増して、公園内に和風のコミニティ施設でもしつらえて、きれいに整備されればと思う。
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by osaka-salon2 | 2009-02-06 21:08 | 大阪の公園

『中之島公園再整備工事:その2』

◆「春めいて大阪♪」昨日・今日と日中は暖かくなりました。昨日は立春だし、日差しがめっきり明るくなった感じがします。
ほんでもって、「中之島公園再整備工事」の写真を追加します。
天神橋に工事の看板がありました。それによると工事内容は以下の通りです。

工事名称:中之島公園新設工事-3
工事期間:平成20年12月11日~平成21年3月31日
施工担当:大阪市ゆとりとみどり振興局 緑化推進部北部方面公園事務所
施工:㈱中道組

◆正式な工事名称は「中之島公園新設工事-3」となっていました。
工事名称の「新設工事」と「-3」には意味があるようですね。つまり「剣先公園は公園ではなかったから新設」となるのでしょうか。「3」は工区のことと思います。
▼写真は天神橋からの撮影です。
既存樹木は全部撤去せずにある程度残して整備されるようです。詳しく知りたい方は前回の「ゆとりとみどり振興局」のwebをご覧ください。
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▼これは天神橋の東側、八軒家浜方面です。中之島剣先とは別の工事と思われます。
複雑に入り組んだコンクリートの擁壁が造られているようです。
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by osaka-salon2 | 2009-02-05 20:00 | 大阪の公園

『中之島公園再整備工事』

◆中之島公園の再整備工事が行われています。
去年10月開業した京阪中之島線の工事のため、広範囲に渡って公園・遊歩道などが撤去、あるいは閉鎖されていたものを再生する工事になります。関連する八軒家浜などはすでに去年の春オープンの後も残る西側が整備され、大江橋から西側の堂島川護岸の中之島遊歩道も整備中です。
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◆今回の公園整備の中心になるのは中央公会堂から東側、難波橋・天神橋・剣先までとなります。とくに私が注目している剣先の整備は以下のようになっています。
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●川辺の愉しみゾーン
天神橋、天満橋、八軒家浜、南天満公園の間に広がる大川の開放感や水・緑豊かな自然を楽しめるゾーン
【剣先】大川の水面の広がりや八軒家浜を行きかう船、大川沿いの桜、水上の祭り、中之島の新しいシンボルとなる施設(噴水等)などの水上風景・風物を楽しめる小高い展望スペース
工事期間は平成21年3月31日までです。
去年の朝日新聞H20/10/19付の噴水報道も入れておきます。
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ゆとりとみどりの振興局
◆工事期間は3月31日までとなっていますので、桜の時期には間に合うようですが、噴水は同時に出来るのか、私の勘では噴水は整備オープン後になるような気がします。
いずれにしても、最近の大阪市の公園整備は非常に良くなったと思います。京阪の工事で一旦壊れた機会に目を見張る劇的変化にして、逆手にとって10倍返しですからね。八軒家浜などを見ると、水辺の景観・アメニティが劇的に良くなっています。剣先グランドの場所も大いに期待できると思います。
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by osaka-salon2 | 2009-02-04 11:36 | 大阪の公園

久々に「梅田阪急ビル」を見る

◆久々に大阪の街を車でクルージング・・・
去年はあっちこっちでバンバン伸びた鉄骨も、ほとんど上がってしまって、今は冬枯れの感じになってしもた。「積水御堂筋ビル」はかなり高くなってきたけど、これからのやつには少し間があるので、やはり梅田になるよね。
てな、ことで「梅田阪急ビル」に注目。
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▲西側から見るとこんな感じ。鉄骨は35・36階部分の組立てが北西の少し残して完了。
下の写真も同じ位置から、少しズームアップ
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▼南側からの写真も2枚、御堂筋の東側の第三ビル近くに車を止めて撮影。ちょっと失敗かな、画面の中央にしないとこけちゃうよ。傾いた写真で見にくいですが、ご勘弁を。
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◆2/2夕方の撮影です。これで170mくらいでしょうか、高くなってきました。あと5階が上に伸びる勘定ですが、5階継ぎ足すと随分違うと思いますよ。
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by osaka-salon2 | 2009-02-03 10:51 | プロジェクト