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大阪情報サロン

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【明治の森】滝と渓谷の景勝地「箕面国定公園」

◆大阪の山の景勝地といえばダントツに「箕面」です。大阪きっての紅葉の名所とあってシーズンは晩秋と思われがちですが、初夏の箕面もまた良きシーズンです。目にしみ通るような青葉のトンネル、渓流と滝が爽やかです。
梅田から30分あまりでこんな山の景勝地に到着します。大阪の地元の人は誰でもよく知ってる名所ですが、他の地方の方には大都会とのあまりの違いにビックリされるかもしれません。大阪の魅力のひとつだと思います。

昔は箕面公園の滝には、だいたい阪急電車で行ったものです。ですが今回はクルマです。クルマの方が何かと手っ取り早いですから。でも本当の箕面の良さを味わうには電車に乗って、阪急箕面駅から滝道を歩くのをオススメします。駅から滝まで渓流に沿った道を40分程度でしょうか。緑陰の遊歩道をゆっくり歩くのがいいのですよね。
自動車の場合は少し東の豊中亀岡線を走ると、滝の上の駐車場まで10分あまりで着きます。豊野・妙見口方面に抜ける道ですが、勝尾寺にも行くことのできる道です。

▼府道豊中亀岡線の山岳ドライブ
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▼麓から10分あまりで駐車場に到着します
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▲▼つづら折れの道を下って行くと滝が見えてきます
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▼箕面の大滝に着きました。紅葉の名所なので楓が多い、楓の青葉がいいです。
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◆ところで、人によって電車派と車派とふた通りあるようですが、普段から通る場所とか、視点がまったく違うので、かなり意識、認識のズレがあるようです。昔は電車派だった私は20年位前に車も乗ることになって、両刀使いになってわかったのです。車派になってときどき体験するのですが、方向性が逆になる場合があるのですね。
電車で箕面に行く場合は、梅田から阪急宝塚線に乗って、石橋で箕面線に乗換えます。石橋から箕面の終点までは桜井、牧落、三つ目が箕面終点になるのですが、これが車ですと、新御堂筋を北へ向って、千里中央を通り越して、萱野から国道171号線を西に向けて走るか、萱野からさらに北上して箕面有料道路のところで、側道に入って終点を左折して箕面に向うかになるのです。そうすると、箕面、牧落、桜井、石橋のように逆の方向のようになるのですね。電車のときは石橋の先の箕面が遠くだと思ってたのに。車だと「桜井、石橋の方が遠いじゃん」「なんでやねん」となったりします。これはちょっと余談でした。

◆じつは、箕面に行ったもう一つの理由は、豊中亀岡線の滝に向う山岳ドライブコースから大阪都心が見えるからでした。以前に書いたように梅田から箕面の山まで直線距離で15kmです。毎日曇りの日が続いて、遠景は霞んでいる日が多いようですが・・・写真だけは撮影しました。この日も本当はダメでしたね。
この道路はいわば観光道路で、夜景も素晴らしいカップル向きのドライブデート道路なのです。以前は数ヶ所に展望駐車スペースがあったのですが、今回走ってみたら、駐車できないようにフェンスが設置していました。せっかくの楽しい道路なのに、何でこんなことすんの、がっかりしました。大阪は駐車、停車を嫌う傾向があるようです。
▼梅田方面の遠望です。左の超高層は「ザ・千里タワー」
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▼南東方面:千里中央から箕面船場のビル街、遠方に「サンマークス大日」の三本のタワー、うっすらと生駒の山並みが見えます。
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by osaka-salon2 | 2009-06-28 11:54 | 大阪の自然

【庭園の造形】大仙の庭園 再訪

◆摂津・和泉・河内の三つの国の境目が堺であり、三国ヶ丘と言われる。その少し南に世界最大の前方後円墳「仁徳天皇稜」がある。百舌鳥古墳群の代表的な陵墓であり、宮内庁管轄で内部に立ち入ることはできないが、南側正面の拝殿からの見学はできる。
日本最大の前方後円墳のような言葉を漠然とイメージすると、羽曳野の応神天皇陵とともに何やら古代の河内に王朝政権があったかのようなイメージになるが、そうではない。
いずれも首都としての都は難波(なにわ)である。仁徳天皇の皇居は難波・高津宮(たかつのみや)であり、応神天皇の宮殿は難波大隈宮(おおすみのみや)である。当り前であるが、お墓と宮殿の位置は必ずしも一致しない。どっちにしても宮殿の地、首都は難波ということになる。当然といえば当然なのだが・・・

仁徳天皇稜と御陵通りの道路を挟んで南側が「大仙公園」になる。
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◆庭園鑑賞は6月がシーズンということで、はたまた思い立って大仙の庭園(大仙公園 日本庭園)を再訪してみた。よく整備された日本庭園である。大仙公園の西寄りにあるのだが、公園東側の入口近くには茶室「伸庵」や「堺市立博物館」もあるが、ここからはかなりの距離がある。
庭園は南北に長い敷地に、筑山と池や渓流、滝などをしつらえた本格的な日本庭園である。庭園内の建物は数奇屋風の大きな「休憩舎」の他に、「甘泉殿」「傘亭」「流杯亭」「青苔亭」がある。休憩舎の和室は集会等に借りることもできる。

今回も多くの写真を撮影したのだが・・・載せきれないのと、腕がいまいちなのはご勘弁を。
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★大仙公園日本庭園【庭園概要】パンフレットより
総 面 積●26,000㎡
庭園形式●筑山林泉廻遊式
設   計●大阪芸術大学教授 中根金作
休 憩 所●数奇屋風寝殿造り(建築総面積:376.07㎡ 和室18、8、4畳・土間181.7㎡)
管   理●南海・田中・大阪造園共同企業体(指定管理者)
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※庭園は時間不足で南半分は撮影できませんでした。次回に行く予定にしています。
「仁徳天皇稜」と「大仙の庭園」をセットにしての観光コースはいかがでしょう。
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by osaka-salon2 | 2009-06-21 18:35 | 大阪の公園

【大阪15km圏】神戸・西宮・宝塚、山の手住宅地から

◆梅田スカイビルのような展望台から大阪平野を眺めると、西側には海が光っているが、北と東と南側の三方は山に囲まれた平野なのが分かる。その中央に大阪の都心市街地がある。大都市が成立する条件を見事なまでに備えている。山までの直線距離は概ね15kmである。北側の箕面も東側の生駒も15km行くと山に達する。南側は葛城金剛山から、和歌山寄りは和泉葛城山系となり、かなり南下するので山の稜線は遠く霞んで見える。大阪の市街地が南北に長いことが分かる。中心点を大阪市庁のある中之島として、南に15kmの距離を取ると三国ヶ丘となる。このあたりから南は和泉丘陵となるから、やっぱり15kmで山や丘陵に達することになる。
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では、西側はどうなのか、最初に海が光っていると書いたが、正確には海は西側でも南寄りになる。地図で確認すれば分かるのだが、梅田と神戸の三宮だと、三宮が南にあり緯度が低い、神戸駅だとさらに南で本町あたりの緯度になる。それで西側の15km圏はどこなのか見ると、夙川・甲陽園になり、これは六甲東部の山裾になる。このあたりまでが大阪平野ということになる。北部から西部の扇形地は阪急平野の言い方もあったほど阪急の影響の強い文化圏となっている。つまり中之島中心点からどの方向も15km圏の平野が広がっているのが分かる。これは東京23区の境域にほぼ等しい。東京は千代田区中心点から若干広い16km圏を特別区とした経緯がある。

e0161853_19421772.gifさて、大阪の地形を語るときに、もう一つの重要なことは河川である。梅田から北側を見ると、1,000mも行くと淀川がある。明治になって新しく造られた放水路だから新淀川と言われていたが、いつの間にかこっちが「淀川」になり、もとの旧淀川は「大川」となった。もう一つは南側にある「大和川」であるが、こちらは古いのだが、淀川と同じような経過を辿っていて、300年前に造られた人工の放水路であることもよく知られる。付け替え以前の大和川は、石川合流点から長瀬川や玉櫛川など、何本もの河川で大阪平野を北流し上町台地の北側で淀川に合流していた。この大和川の付け替え工事が300年前になる。
それよりはるか昔になるが、仁徳天皇の「堀江の掘削工事」とは大和川の治水工事だったようで、以下のような記述がある。
『日本書紀』巻十一の仁徳天皇十一年十月の条に、『宮(高津宮)北の郊原を掘りて、南の水(大和川)引きて西の海(大阪湾)に入る。困りて其の水を号けて堀江という。又、将に北の河のこみを防がんとして、以て茨田堤を築く』とあり、上町台地の北端、現在の大阪城の北側の大川から中之島方面へ通じる水路を掘ったとされ、大和川の排水を促す工事としては最初のものであり、淀川左岸の築堤とともに日本で初めての大規模治水工事と考えられている。

長々と書いているのは、何が言いたいのか。大阪の歴史は無茶苦茶に古いだけではない。よく上町台地が半島のように突き出していて河内低地は河内湖であった。もっと古くは『生駒の山裾まで河内湾の海だった』というのだが、これには時代認識があまり正確に検証されていない気がする。大和川付け替え工事のサイトを見ると、仁徳天皇の難波高津宮の時代に当る1700年前は河内湖になっているのだが、私はもっとはるか昔に大阪平野は陸地になって、河内湖はなくなっていたのではないかと思えるのである。確かに森之宮の東には「深江橋」や「深江」の地名もあり、それは海であったことを物語っているのであるが、それは少なくとも何千年前であって、千年や二千年前ではないと考えているのである。これは私自身の今後の課題である。

◆さて、大阪15km圏の住宅地に話は戻る。帝塚山など近辺の住宅適地が埋まると、大阪船場の資産家向け住宅地は早くから郊外に目が向けられた。明治から大正にかけて、同じ大阪15km圏でも武庫川西部の兵庫県の山側が最も早くから開けたようである。
神戸東灘区や芦屋六麓荘から苦楽園、甲陽園、宝塚にかけての高台の住宅地に行ってみると、非常に眺望が良好なのが分かる。阪神間の市街地と大阪湾を望み、遠くに梅田中之島の超高層ビルが林立しているのもはっきりと見える。
これを見ると「やっぱり大阪は凄い」という気になる。百聞は一見に如かずの通り、朝な夕なに見る視覚効果は絶大だと思う。仕事でこのあたりもずいぶん行ったことがあるのだが、神戸東灘区の御影山手や甲陽園、宝塚の逆瀬川や松風台、はては川西寄りの雲雀丘花屋敷にも行った記憶があった。

▼雲雀丘花屋敷から梅田方面の眺望
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それで先日、雲雀丘花屋敷に行ってみる気になった。地図で確認すると伊丹空港から、その延長上に梅田が見える位置になる。JR川西池田駅からも行けるが阪急雲雀丘花屋敷駅からも登ることができる。住宅地はビックリするような急な傾斜地になっている。ここも阪神間に劣らず高級住宅地のようであるが、あまりに坂道が急で足腰が弱くなっては住み辛い。気を付けないと車がバックしそう。小さな公園の横から見晴らしの効く場所を確認して車を止めた。雲雀丘花屋敷から梅田までは17km余りの距離になる。
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標高は150~200mあたりだろうか。梅田方面を目視してみると、やはり思った通りの風景が広がっていた。伊丹空港の向こうに高層ビルが林立しているのが見える。東を見ると五月山近くの阪神高速の斜張橋の美しい姿も望めた。
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by osaka-salon2 | 2009-06-19 19:50 | 都市論

上町の美学を求めて【四天王寺って、やっぱりすごい】

湯屋方丈の廊下に腰を下ろして庭園を眺める。訪れる人も少ない。何という美しい庭園だろう。
木々の緑と枯山水は美しく手入れされている・・・
「こんな静寂に包まれた庭園が大阪にあったのか~」・・・大阪の魅力を発見したような気分になってうれしくなった。

◆四天王寺の称号といえば「聖徳太子建立の日本最古の官寺」あるいは「日本仏法最初の大寺」ということになる。じっさい建立は法隆寺よりも古いのだが、私がこれまで聞くうわさとしては「伽藍はコンクリートだし、味もそっけもない」という意見がほとんどだった。
何だか「悔しいし、本当だろうか」というモヤモヤした気持ちは長く昔からあった。たびたび参拝に行くわけでもないが、時々気が向けば一心寺とは別に四天王寺も拝観には行ったものである。中心伽藍を見ながら、六時堂参拝、亀の池を見て休憩所に立ち寄って帰ることになる。
中心伽藍は何度も焼失し、今のは戦後再建されたコンクリート造だが、これが痛い。造形はともかく質感が伝わってこない感じはあった。境内もしっとりした美に欠けるきらいはあるかもしれない。
結局、信仰のお参りは非常に多いのだが、観光で来る人が少ないことになる。観光とは美を見るのが本来の姿である。
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いまは梅雨入りの6月である。このところ2週間位前から雨か曇りの日が続いている。あんまり暑くないのがよい。どこか日本庭園に出かけてみる気になった。私は庭園鑑賞の好適シーズンは6月だと思っている。普段は庭に関心のない私が、自宅の庭を飽かずに眺めるのも決まって6月だ。新緑から2ヶ月あまり、木々の葉は十分に茂りながらも、活力に満ちた緑が風にそよぐ季節・・・

雨に濡れてしっとりした緑もいい。岩を流れる水を眺めたり、樹木の葉の水滴を飽かずに眺めたのも6月だった。庭園鑑賞は晴れて良し、曇って良し、雨でも良しと思っている。
私はどちらかといえば、庭園好きである。究極の日本庭園好き。しかも大阪の庭園専門だから大阪の日本庭園は行きつくしている。天王寺慶沢園、千里万博公園も大仙公園も。しかし待てよ、四天王寺「本坊庭園」はいつも気になりながら、行ってないことに気付いた。「よし、今日は四天王寺本坊庭園に行ってみよう」決まりである。
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本坊庭園を見て驚いた。なんと、素晴らしい庭園である。
もしかして期待を裏切るのではないか。そう疑う心もどこかにあった。その疑いは見事にこっぱ微塵に砕かれた。同時に今まで行ってなかったのを恥じた。本坊や客殿もじつに堂々と立派。重要文化財の「五智光院」「湯屋方丈」も素晴らしい。どちらも400年前の建築だから、四天王寺建立の古さにははるかに及ばないが、どうしてどうして、すごい庭園美、建築美である。
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そうか~、「大阪のすごい物はいつも影に隠れているということか」・・・
じっさい目立ちにくいのもあるのと、四天王寺の規模が大きくて、境内を歩くだけで疲れてしまう。それでざっと見て帰ってしまうようだ。これでわかった。「四天王寺は味もそっけもない」などというのは「本坊庭園」を誰も見ていないのである。本坊庭園を知っていれば、そんな感想が出るはずはない・・・。
とんだ灯台下暗し、これは絶対におすすめの第一級の観光名所だ。それだけの価値十分と言っておこう。
※写真は沢山撮影してきたが、容量が大きくて載せきれない。興味のある方は「大阪情報サロン掲示板」(いちばん左)にアップしているのでご覧いただければと思う。
本坊庭園の写真一枚
では、なぜ庭園を見たくなったのか、先日「梅田北ヤード二期」に関しての報道があり、高層ビルでない方がいいだのと、またまた公園論が沸いてきたようなのだ。
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それで何かヒントになるのではないか、そう思っての庭園鑑賞だったわけである。結論は高層ビル林立が前提ながら、いちばん奥を高層高級ホテルにして、その前庭とロビーの奥は小さくても日本庭園としたい。あとは街路樹と公開緑地で十分だと思うけど。いかがだろう。
正直いえば、以前から言ってるように私は北ヤードに公園は反対である。公園だけでなく高層マンションも反対である。梅田も少し離れるとマンションもあるのだが、正味の駅北口だからオフィスビルの聖地にしてほしかった。余計なことは考えず高層ビルを立てまくってほしい。ここにきて大阪市長がこうした発言をするのは、何かおかしい。裏があるのではないか。経済同友会はじめ関経連の下妻会長もいつのころからか公園に転換したようだし。心配になってくるよね。政治的なへんな匂い。大阪をしょぼくしたい得たいの知れない勢力とつながってなければいいのですが・・・。
※拝観料「本坊庭園」、大人300円。中心伽藍300円、宝物館が200円、以上が有料拝観でその他は無料
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by osaka-salon2 | 2009-06-13 13:19 | 史跡探訪

梅田、日本一の百貨店街 新宿を売り場面積で圧倒

◆産経新聞大阪本社版、6月12日朝刊経済面に大きく報道され「梅田日本一、新宿を圧倒」の見出しが踊っていました。とうとう全国紙にもこのような報道があったことは注目すべきと思います。歓迎すべき内容で「キタ」などと書いてないのも非常に好感が持てます。やはり見出しの語句も記者によるのだろうか。こうした流れを定着させるようメディアの皆様にもお願いしたいと思います。
写真は紙面を撮影して掲載します。記事はうれしい内容なので全文そのまま引用します。
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★大阪・梅田で百貨店の建て替え・増床や出店工事が着々と進み、平成24年には東京・新宿をしのぐ全国一の百貨店街に生まれ変わる。梅田の店舗数は現在の3店舗から4店舗となり、現行店舗の大型化も加わって、4店の総売り場面積は現在の約1・5倍の約25万平方メートルに拡大、4店舗合わせ約21万平方メートルの新宿地区を圧倒する。消費の冷え込みで全国各地で百貨店の撤退や経営統合などが相次ぐなか、〝商都・大阪〟の健在ぶりをにじませるが、売り場規模だけでなく、売り上げ規模をどこまで拡大できるかが大きな課題だ。(牛島要平)

 梅田を訪れてすぐ目に飛び込むのが、急ピッチで建て替えが進む梅田阪急ビルの威容だ。新ビルは地上41階建て、高さ約187メートル。阪急百貨店は地下2階~地上13階に入り、レトロな外観。今年9月に南側のⅠ期棟が開業して北側の工事が始まり、グランドオープンは24年春の予定。売り場面積は工事前の約1・4倍の約8万4千平方メートルとなる。

 一方、JR大阪駅の開発プロジェクトと一体で工事が行われているのは、駅南側の大丸梅田店の増床と、北側のJR大阪三越伊勢丹の新規出店。いずれも23年春に開業予定だ。

 大丸梅田店は商業ビル「アクティ大阪」の増築部分(高さ約70メートル)の大半を占め、売り場面積は現在の約4万平方メートルから約6万4千平方メートルに広がる。

 工事着々

 JR大阪三越伊勢丹の出店工事はピークにさしかかっている。オフィスなどが入る新北ビル(高さ約150メートル)の地下2階~地上10階で、売り場面積は約5万平方メートル。JR西日本と伊勢丹が出資する「ジェイアール西日本伊勢丹」が運営する百貨店として、京都駅ビルに次ぐ出店となる。同社は「(JR大阪駅の再開発という)二度とないビッグプロジェクトに参加し、大阪の中心部で顧客を獲得するチャンス」と説明する。

 これらの工事が完了すれば、阪神百貨店を加えた梅田の百貨店の総売り場面積は、現在の約16万平方メートルから約25万2千平方メートルにふくらむ。東京で最大の激戦区、新宿地区の約21万1千平方メートル(伊勢丹、小田急百貨店、京王百貨店、高島屋)をしのぐ規模だ。

 冬の時代

 両地区の20年度の売上高を比較すると、新宿の約5200億円に対し梅田は約3300億円で、市場規模には違いがある。しかも、大阪地区の百貨店売上高は4月も13カ月連続で前年を下回っている。新宿の百貨店関係者は「梅田は明らかに厳しいだろう。(JR東日本グループの駅ビル商業施設)ルミネ新宿店が好調なように、百貨店の業態を転換しなくては、今のままでは生き残れない店舗も出てくるのでは」と驚きを隠さない。

 百貨店は冬の時代。ある百貨店幹部は「100万都市の店舗でも経営は苦しい。将来的には東京、名古屋、大阪の大都市に百貨店市場は集約される」と予想する。売り場面積拡大で大阪・梅田の販売競争が激化するのは必至で、各店は必勝に向けた売り場づくりを懸命に模索している。

 【写真説明】百貨店の工事が進む大阪・梅田。店舗数は4店となり、売り場面積は飛躍的に拡大する=大阪市北区(前川純一郎撮影、本社ヘリから)
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by osaka-salon2 | 2009-06-12 12:29 | 都市開発

上町の美学を求めて【帝塚山散策】

◆帝塚山という地名は帝塚山古墳からきているそうな。たいそう古い地名らしい。高級住宅地として帝塚山の地名はよく知られるが、私が知っている帝塚山は阪堺電軌上町線の道筋と、その道路の東にある万代池だけであった。
何事も大きな期待は禁物なのだが、一度見ておくのも悪くない、「百聞は一見にしかず」と思いなおして、ある日帝塚山の散策に出かけた。
まず天王寺近鉄前に出る。近鉄阿部野橋ターミナルの工事の様子も気になるので、歩道橋からチェックしたり、写真を撮ったり。すでに近鉄の工事は一年位前から準備工事にかかっているが、駅構内やホームの移動などはすべて完了したようで、本館部分には解体のための足場や囲いに覆われて外観はほとんど見えなくなっている。南西側の阿倍野再開発地区はすべて更地になり、全面開発の様相であるものの、現在地下部分の掘削工事といったところか。とにかく近鉄ビルと阿倍野再開発が阿倍野筋の東と西で進められている。梅田だけでなく阿倍野も全面開発となったことは、近い将来阿倍野の街並みも激変するはずである。
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◆せっかくなので天王寺ステーションプラザの3階の書店に立ち寄ってみた。ざっくり見るだけと思ったのだが、いきなり「大阪『駅名』の謎」(著者:谷川 彰英)という小型の文庫本が目に付いたので手に取ってみた。よく見ると専用棚にざっと200冊位並べてある。著者は筑波大学の先生のようだが、私は知らなかった。表題に「日本のルーツが見える」とも書いてある。「むむ、これはもしかするぞ」と、前書きを読む。なな、なんと、われわれがいつも話題にしていることが書いてあるではないか。この本は駅名をネタに、地名から大阪の歴史を調べたら日本のルーツが出てきて驚いたという本である。先生は朝日放送テレビの出演をきっかけに度々大阪に来たそうだが、下調べで大阪を歩いて感動の連続だったという。日本人は大阪の歴史を知らなすぎた。これは戦後歴史教育の欠陥であるとも。「日下の意味」の章では、奈良時代以前に日本の中心となっていたのは紛れもなく大阪だった。そう明確に書かれた書物にお目にかかったのは初めてだった。私自身も信じて疑わないことだったが、実際に活字に触れるとうれしくなって即決買いとなった。あまり学術的な本より気楽に読める本もまた良しであろう。思わぬ脱線だったが、これは収穫かもしれない。阪堺電軌ののりばに急ぐことにする。

◆歩道橋から天王寺駅前駅に降りた。改札に「切符は買わずにお通り下さい」とか書いてある。バスと同じで降りるときに現金を払うようだ。ホームの前の方にやや古めの電車が止まっている。塗装は雲形に塗った朱色の電車。すぐに乗り込んで座席に座ることにした。通学の女学生やおばさま、外人などの乗客で、ほどなく発車した。併用軌道をしばらく走り、阿倍野警察のところからカーブをきって専用軌道に移る。「松虫」「東天下茶屋」「北畠」、「姫松」から南港通りを過ぎると「帝塚山三丁目」に着いた。あっという間だから路面電車もけっこう速い。下車して東に少し、50mも行けば「万代池公園」がある。爽やかな緑陰が広がり池がある。噴水が水を朝顔状に噴出しているのが見える。周囲は閑静な住宅街である。すぐに戻って、今度は電車道の西側に向う。すぐに南側に帝塚山学院の学舎がある。お嬢様大学で名を馳せた学校だが、いまは小・中・高校らしい。大学はご多聞にもれず郊外に移転して、狭山と泉ヶ丘にキャンパスがあるようだ。奈良の帝塚山学園も当地の地名からきたものだが別法人となっている由。幼稚園もあって、ちょうどお母さま同伴の園児や下校につく小学生で賑やかだった。
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◆すぐに踏切が見えたのが南海帝塚山駅らしい。そのまま踏切を渡って粉浜方面に少し行くと、帝塚山古墳が森のようにこんもり茂っている。説明の看板もある。右に左に折れると道は下り坂になっていた。帝塚山とは山なのがわかる。もっと下ると、上町線とよく似た電車道があるが、阪堺線で、駅は「塚西」・・・塚の西の意味である。西の先には海が迫っていた昔、帝塚山の高台からの眺めはさぞ風光明媚であったに違いない。粉浜の地名は海岸からきた地名と読める。
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大阪湾の海は汚いと思っている人が多いようだが、これも印象操作の被害者ではないだろうか。紀淡海峡で太平洋に抜ける水質は瀬戸内海よりもはるかにきれい。景色も浜寺や高師浜の松林が続く風景を見ると、古来、瀬戸内海に負けない景勝地だったのもわかる気がする。
ひと通り散策を終えて、高野線の帝塚山駅に戻った。なんば行きの各駅停車に乗って難波へ帰路についた小旅行だった。で、帝塚山はどうだったですって。噂どおり、お屋敷が延々と続く閑静な住宅街でした。お洒落なお店は南港通り、姫松の東西に少し並んでいるのが目に付いたくらいかな。ブティックやボネールという鉄板焼の店とかフォルマとかも・・・
動画: 「天王寺2009.6」近鉄前歩道橋にて
動画: 阪堺電気軌道上町線帝塚山三丁目にて
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by osaka-salon2 | 2009-06-07 23:53 | 大阪の街

なんばパークスの造形

e0161853_17361540.jpg◆大阪の凄い商業施設の一つに「なんばパークス」があります。すでに一期オープンから6年が経過しますが、集客、業績とも予想を上回り順調のようで、建物は福岡「キャナルシティ博多」と同じ設計者のようです。
しかし、大阪ならではとも言える大きな違いがあります。空前絶後の規模と思える屋上庭園「パークスガーデン」・・・都市の緑化は大阪の悲願といえば、そうなんですが、やることがすごすぎる!

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◆この屋上庭園の構造は棚田の造形からきたアイデアではないだろうか。先日「千早赤阪村の棚田」を見てきて、ふと「なんばパークス」が思い浮かんだのでした。それで「なんばパークスの写真を撮影してみよう」と考えました。コンクリートの屋上の形状は棚田状になっているようですが、年月の経過から樹木も大きく茂り建物形状は見えづらくなってきました。目線の少し上あたりからの撮影ができないかと、アッチコッチ行きましたが、5階の駐車場からがよさそうなので、まずはここからの撮影をすませ、それからスイスホテルの上階にも上がってみました。NHKの情報カメラもここにあるので、同じアンゲルでした。梅田方面はもちろん凄いのは当り前。はっきり言えば、どっちを見ても超高層林立です。ですが、この日は視界悪過ぎでした。すぐ近くの「マルイト難波ビル」より遠いと霞んじゃう。
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◆以下に「なんばパークス」の概要をウィキペディアから引用します。
『南海電気鉄道が大阪球場跡地(大阪市浪速区難波中)に、「未来都市なにわ新都」をコンセプトとして再開発を実施した。2003年10月7日に第1期部分が、2007年4月19日に第2期部分が開業。なお、2005年4月1日からは、同鉄道の完全子会社「南海都市創造」が営業を行っている。
建物はキャナルシティ博多や六本木ヒルズを手がけたアメリカ人のジョン・ジャーディ(Jon Jerde)の設計。地球上の大峡谷に似せた建物の外観は雄大で、壁面は壮大な時間と地層を模している。第1期、第2期エリアを含めて彼の建築作品は完成となる。
施設全体は、大きく分けて「なんばパークス Shops&Diners」(商業棟)および「パークスタワー」(オフィス棟)の2つにより構成されている。
地上10階、地下3階建て。地上部分は段丘状に建てられている。植栽を多用し、屋上部分は「屋上庭園 パークスガーデン」として3階から9階まで緑が広がる1期部分の屋上庭園には、約235種類、約40,000株の植物が植えられている)。 1階部分には、隣接する商業施設「なんばCITY」南館との共同ショッピングモール「なんばカーニバルモール」がある。2階部分(キャニオンストリート)には、旧大阪球場のホームベースとピッチャープレートのまったく同じ位置に記念プレートが埋め込まれている。かつて数多くの名勝負がこの場所で生まれたのを記念したものである。
2階イベントスペース「キャニオンコート」には、2007年3月に189インチの大型ビジョン「パークスビジョン」(松下電器産業(現・パナソニック)製「LEDアストロビジョンAZ-LE080Fシリーズ」を使用。同シリーズの屋外への設置は国内初)が新設された。
3階から上のフロアには段丘状の屋上公園「パークスガーデン」が設けられている。約7万株の植物の緑が植えられ、都心で自然を楽しめる。なお、ガーデンの第1期部分については、財団法人都市緑化技術開発機構が主催する「第4回 屋上・壁面・特殊緑化技術コンクール」において、2005年10月25日付で「屋上緑化大賞・国土交通大臣賞」を受賞している。[1]
8階部分には「円形劇場」と呼ばれる野外イベントスペースがあり、その右側および観客席の階上には、「アーバンファーム」[2]という貸菜園への出入口が設けられている。なお、2Fキャニオンコートから8F円形劇場に繋がるエレベーターの上には、「パークスムーン」という丸い銀幕があり、イベント情報や、「なんばクリエイターファクトリー」の塾生による動画アートなどを映していたが、2007年3月末に投影用プロジェクターが撤去され、現在は夜間照明が当てられている。』

「大阪at night ブログ」さんとネタが被ったみたいです。うちの写真よりはるかに綺麗ですから、そちらの写真もご覧下さい。

▼おまけ:JR難波駅OCAT方面、高層ビルは竣工近い「マルイト難波ビル」
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by osaka-salon2 | 2009-06-05 17:51 | 都市開発